[332]問題意識

 昨年の秋ごろから日本製品を扱っている複数の香港企業から「既存の取引先に問題があるので新しい取引先を探してほしい」という依頼が直接、間接を問わずありました。私は「問題とは何なのか明確にすること、不満に思っている事について改善策がないのか既存の取引先と話しあっても解決できないのならお手伝いはさせていただきます。」と答え続けました。
 香港の中小企業のオーナーたちは儲かると思えばいとも簡単に新しいビジネスを始めます。日本人が株式取引で売買差益を稼ぐような感覚です。なぜ実業にこだわるかと言うと「株式市場は自分ではどうにも操れない、自分の会社なら自由に操れるから。」と日本人の知人が冗談半分に教えてくれました。簡単に始めるだけあって、途中で相手にだまされているのではないかと疑い比較をしたくなり冒頭のような依頼につながることもあります。日本ではビジネスを始める前に仕入先を比較検討するのにもたもたした挙句の果てに「やっぱりやめておこうか」となるケースも多く、ここが国民性の違いだと感じます。
 香港人が「問題がある」という場合は彼らに取って好ましくない状態にあるというだけで日本の取引先も問題として受け止めているのかどうか疑問です。たとえば日本人なら価格や取引条件に問題があるなら取引先と話しあい折り合いがつかなければ取引先を変える事を検討します。もし他社から好条件の話を持ち込まれても既存の取引先に同じ条件にすべく検討する機会を与えたりします。日本人はいったん構築した良い関係を維持しようと努力する義理がたい国民性とも言えるし、逆に保守的で変革を好まず、癒着につながりやすいという風土を作ります。
 もうひとつ彼らに即協力しようという気にならない理由は「自分たちに問題がないか」というチェックをしていない事です。私がわかっているだけでも社内の処理やコミュニケーションの問題、商品や業界の知識、ビジネス・スキームの組み立て方など山ほど改善する余地はあります。あきらめているのか、どうせ次々と目新しいビジネスに飛びつくのだからどうでも良いのかも知れませんが、「内省的でない」というのは進歩につながりません。日本人も同じで「政治が悪い」「社会が悪い」「会社の制度や方針が悪い」とあたかも自分は正しい、ないしは被害者であるかのように言う人たちがたくさんいます。無責任で気楽かも知れませんが、自分はどうするべきか考えない限り進歩はないはずです。
 カー・デザイナーのご出身で名古屋在住の工業デザイナーの Y先生に近況をおたずねしたところ、自動車関連の二次、三次下請けメーカーには脱自動車の動きがあり、航空機や医療機産業へシフトしつつあるそうです。また、環境関連のお仕事もふえているとか、これらは何年も前から取り組んできたものだそうです。やはり大所高所から物事を見ている人たちはきちんと準備ができているわけです。先生いわく「この不況が終わる頃は社会の価値感は変わっているはずです。」と。私もまったく同感で、逆に日本も日本人も変わらなければ永遠に不況から抜け出せないでしょう。
河口容子
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[328]夏の香りを求めて

 私が快適と思うのは気温30度前後で熱帯仕様人間です。よって冬は天敵とも言え、寒さほど「こわい」ものはありません。うがいや手の消毒をいくらしても風邪はもちろん、インフルエンザにはなるし、乾燥につけこんで皮膚炎もやって来ます。日本ではほとんどどんな商品にも季節性があり、ありがたい事に業界人にとって夏物の展示会は冬行われます。しばし夏の香りに触れ安らかな気持ちになれるのは本当に嬉しい限りです。
 日本のクライアントの夏物展示会は前回に比べお客様が20%増えました。毎回来客数を更新しており、売上も右肩上がりの不況下には珍しい企業です。関東圏にある社員数20名余りの雑貨メーカーで、毎シーズン膨大な数の新製品を展示会に送り出します。展示会でお客様の意見を徹底的に聞き、売れそうもないものは没、希望は新たな商品企画へと生かしていきます。「魅力的な商品であれば営業マンはいらない」という社長の方針で、営業を専門としている社員はほとんどいないどころか、展示会での予約で売り切れてしまう商品も多々あります。
  100年に一度の大不況で大企業といえども淘汰やリストラを免れませんがユニークな商品やサービスを提供している小さい企業はそのフットワークの軽さ、コストの安さで堂々と生き残っていくような気がします。
 次にアセアン諸国のアクセサリーとファッション・グッズ展に行ってみました。2008年 2月14日号「春の雪、南への回帰」で触れたブルネイ女性が来日しているからです。彼女とは2004年以来ブルネイと日本で何度会ったか数えきれないほどです。彼女のような女性起業家はブルネイではお金持ちの奥さんのステータスシンボルで、「趣味と道楽」ビジネスの王道を行っているような気がしますが、彼女の繰り広げる淡い色合いの中のイスラム模様の繊細で上品な刺繍の世界は見る者を現実世界から忘れさせてくれます。
 「あなたが来るのだけを待っていたのよ。」と冗談めかして挨拶をした彼女は新作を見せては私の意見をこまごまとノートに記します。この日改めて気づいたのは英語による色の表現の多さです。「これはティー・グリーンよ。」「え?これは日本人から見ればベージュですよ。」確かに淡い茶色にかすかにグリーンが混じっているような色で、あちらの(紅茶ではない)お茶はこんな色です。「これはオリーブ色」「日本でもオリーブ色でわかりますが、こちらのほうが日本のグリーン・ティーの色なんですけどね。」そこで彼女はまたモソモソとメモ。「聞いておいた方がいいの。商談をする際にお互いにわかりやすい方がいいもの。」日本には平安時代からの特有の色の名前がありますが、戦後の教育ではシンプルでわかりやすい色名で統一されており、一口に「青」と言っても範囲が広く、人によっては緑や紫との境界が微妙にずれる位あいまいな色の呼び方をしています。一方、英語の細かな色名は動植物から取っているものが多く、日本人にはなかなか理解しがたいものがあります。たとえば、ティールは青緑の一種ですが、鳥のコガモをティールと言い、雄の顔のあたりにこの色があります。
 ラオスの織物のブースにはフランス人が経営している企業が 2社ありました。彼らはデザイナーでラオスの布に魅せられ現地に住んでいます。伝統的な織物は日本の昔の和装用織物を想わせる色合いですが、技法はそのままにしてヨーロッパ人特有の甘やかな洗練された色使いへと変化させています。ラオスはもちろん、カンボジア、ベトナムなどでも西洋人が住み着いて商品開発をしているケースを多々見かけます。日本人の場合は、同じアジア人であり固有の伝統工芸を持つだけに、一般消費者にとってアジア雑貨はいつまでも「チープな土産物」の域から卒業できないままで寂しくも思います。
 こうやって夏の香りに触れながら、指折り数えて春の到来を待つ私です。
河口容子
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