東京はお盆過ぎから一気に秋が来たようなお天気が続いています。2007年 9月 6日号「地球に良い暮らししてますか」に書いたようにエアコンなし、自転車大好きという私に夏の疲れが出始める季節でもあります。私自身はある程度プレッシャーがかからないとどうでもよくなる性格のため、このエコライフはあえて厳しい状況に追い込んで忍耐力をつけるのにも役立っています。
総合商社は体力のいる業界です。時差、気温差、言語の違い、文化や習慣の違いを克服せねばなりませんし、社内での競争も厳しい。在職中は年に10数名の死亡者が出ていましたし、多いときは20名を超えました。精神疾患で治療を受けているものも少なくなく、まさに「強い者が生き残るのではなく、生き残る者が強い」という言葉を実感する社会です。瞬発力はいりませんが、耐力をかなり必要とします。私自身は何度死んでもおかしくないほど病気をしましたが、とにかく医師運に恵まれているのと、驚くほどのメンタルの強さで今日に至っています。父や夫もなく、25才までは祖父を、そして今も母を守っていかねばならないという「逃げ場のなさ」が私を強くしたと思っています。
現在の仕事でももちろん耐力は必要です。毎晩寝る前に20分くらいストレッチ体操をしますがだいたい 2時前後です。疲れてさぼってしまうと自分に対して腹がたちます。脚力アップのためにヒールがより高い靴に買い換え、ピンヒールもふやしました。これでバランスを取り、美しく歩くにはかなりの体力と耐力が必要なのでトレーニングをかねています。外出には必ずイヤリングをする、毎日メイクをかかさずする、など自分に好き勝手にノルマを課し、これらができなくなったら仕事は潔く辞めようと思っています。
企業にも「体力」という言葉がよく使われますが、最近の景気の後退により体力がなくなり、企業存続の耐力もなくなっている小企業がふえているのを不気味に感じます。まずは借入金による重圧、金利を返すという金銭面での負担もさることながら、借入先に財務諸表をチェックされる事から、一切リスクが取れなくなり、仕事を大幅に減らさざるを得ません。当たり前ながら、完全にリスクのないビジネスなんてないからです。おまけに2003年10月 2日号「第一印象」の最後に出てくる女性経営者のようないじましい発言を恥も外聞もなくするようになると顧客も離れて行きます。反対に売上がほしいがためにおいしい話に飛びつき詐欺に遭う、あるいはリスクのないビジネスを求めて空しい営業活動をするための経費がかかってますます悪循環になります。
一方、ビジネス・スタイルの変化とともに60代の小企業経営者のリタイアもよく耳にします。自分と同年代である顧客の経営者がリタイアしてしまい仕事が取れなくなったと言われた方が何人かありました。実力勝負をせずにコネにしがみついて仕事をもらうようなやり方をしていればこうなってしまいます。それにこの年代の方は自分より若い人や女性に頭を下げる習慣など持っていないからです。逆にご高齢でもフレキシブルな対応やイノベーションが大好きな方はいつまでも現役です。
幸い、私の会社は借入金ゼロ、徹底的なコスト削減ができる企業ですから、それなりに体力と耐力があります。顧客のプロジェクト内容によって戦略的な価格で質の高いサービスを提供することが可能です。そうすると、また違うプロジェクトでお返しをしてくださる。そんな繰り返しがもう何年も続いている顧客がアジアに点在しています。もちろん仕事以外でも無償でサポートしあえる関係が構築できますので、良循環が続きますが、そこまでには時間がかかります。これも耐力の成果です。
河口容子
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毎年10%台の経済成長を続ける中国です。やっかみ半分かも知れませんが、北京オリンピックまでは高成長も持たないだろうという噂は数年前からありました。そしてチベット問題、聖火リレーへの妨害行動、四川大地震、食の安全問題、爆破テロ、ものものしい警戒体制、大気汚染問題、北京市民の光と影など、それはパンドラの箱をあけたような大騒ぎの末、つつがなく圧倒的な迫力を見せつけて北京オリンピックの開会式が行われました。
私の周りのビジネスマンたちに感想を聞くと異口同音に「お金をかけたね。」開会式の構成には賛否両論あるようですが、私はお金をかけすぎたゆえに「重くてくどい」と感じました。今はライトな感覚の時代ですから古くさい。仕事の途中で開会式を見てしまったおかげで夜中の 3時を過ぎても仕事が終わらなかったせいで余計そう感じたのかも知れません。
まず、あの9万人を収容する鳥の巣スタジアム。出入りだけでも相当時間がかかりそうですし、双眼鏡どころか望遠鏡でも持って行かなければ観客しか見えないのではないでしょうか。そして、あの千人単位のマス・ゲーム。蒸し暑い中、重い衣装をまとい、あるいは箱の中に入って、機械のように動く人間たち。これまでの練習はただごとではないと思いました。少数民族の衣装を着た子供たちが国家に忠誠を誓って国歌を歌うシーンでは思わずぞっとしました。国家の威信にかけて国民を制御するぞ、といわんばかりです。
衣装はインターナショナルなデザイナーの石岡暎子さんだそうです。私はそのことを後で知ったのですが、色合いといい、シルエットといい、日本人のデザインに違いないと即思いました。スペクタクル史劇かオペラの衣装のようです。外国人、特に西洋文明から見た中国のイメージ。なぜ、中国の昔のままのデザインではいけないのでしょう?西洋の先進国に馬鹿にされるとでも思ったのでしょうか。特に文化面においては「アジアはアジアらしく」が私には心地よく思えます。
あの絵巻物アトラクションを見れば見るほど、孔子の教え、筆、火薬の発明、西洋より先に大航海時代を迎えるなど文化や科学技術に優れ、かつて日本の先生であった国が、長く眠れる獅子の時代を経て、やっと経済大国の仲間入りをしつつあるものの、どうしてお粗末な問題が多すぎるのか情けなくなります。
開会式のかわいらしい少女の歌は「口パク」で他の少女の声であったことや巨人の足跡の形の花火の放映は昔の映像を使った、というようなニュースが後から聞こえて来ました。別に演出効果としては悪い事とは決めつけられませんが、フェアプレーのスポーツの祭典には後味の悪いものとなりました。
比較するかのように思い出したのが1998年の長野の冬季オリンピックの開会式です。善光寺の鐘とともに御柱、関取衆も紋付袴で各国の行進に加わりました。圧巻は世界のマエストロ小沢征爾がタクトを振る 5大陸一斉のベートーベンの第九。どれもこれも日本の文化の代表であり、肩肘張ることなく人間の温もりを感じる演目ばかりでした。これはバブル崩壊後とはいえ先進国、経済大国日本だったからこそ追求できたシンプルさかも知れないと今改めて感じます。
河口容子
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