[170]あこがれと未来を乗せ若者の船は行く

 貿易を仕事とする者に船というのはひとつの象徴です。特に私は総合商社に入社して輸出船舶の仕事からスタートしましたので船は私にとって初めての取扱商品でもあります。不思議なご縁で練習帆船「海王丸」のグッズの見直しという仕事を昨年いただきました。貿易に関係ない商品開発の仕事をするのは久しぶりです。
 帆船日本丸が「太平洋の白鳥」と呼ばれるのに対し、姉妹船である海王丸は「海の貴婦人」というニックネームです。おしとやかそうなイメージですが、最速帆船に与えられるボストン・ティーカップ・トロフィーを4回受賞、世界記録保持者でもあります。
 昔は「船員」、「船乗り」、「マドロス」というと男性的かつ国際的な仕事の代表選手もありましたが、貿易立国、海洋国でありながら、ふと気づくと人件費のせいもあり外国人船員が多くなっています。「帆船」と言ってもぴんと来ない人やましてや「海王丸」はおろか「日本丸」すら知らないという人も私の周囲にはたくさんせいました。海事産業の発展や普及にはもっと広く多数の人にアピールをと思い、海王丸とハロー・キティのコラボレーションで商品開発をしてみました。海の貴婦人とハロー・キティという日本の誇る二大美人の競演となったわけです。
 海王丸は1昨年の台風により富山で座礁し、修繕工事を行なっていましたが、このたび完了、無事再就役の日を迎えました。横浜大桟橋に係留された海王丸の船内見学にも招待していただきましたが、お天気にも恵まれまぶしいばかりの美しさで、汐の香りや甲板から見る横浜の街並みもまた格別です。船は繁栄の象徴でもあり、新年早々からこんな縁起の良い経験に感謝をしています。
 普段は海員学校や海技大学校の教育の場ともなっていますが、一般人にも小学 4年生以上を対象とした船上海洋教室や15才以上なら国内体験航海、18才以上なら遠洋体験航海という形で帆船と親しむことができます。核家族、少子化で団体生活を知らない若い人たちの訓練の場として、また国際人への足がかりとして有効なのではないかと私は思います。実際に最初は自分の位置すらわからず右往左往していた若者が航海を終える頃にはすっかりたくましく成長すると聞きました。訓練風景のビデオや若い乗組員をを見ていると子どもの頃くちずさんだ歌詞「あこがれと未来を乗せ、若者の船は行く、荒波の海また海、世界の友を呼ぶよ」を思い出しました。
 帆船の甲板はチーク材でできているのですが、廃材の一部はデザイン・プロデューサーの K先生が主宰されるスクールの教材として寄付されることになりました。甲板としての使命を終えた廃材はまた次の命を与えられ、どんな形で私たちを喜ばせてくれるのか今から楽しみです。
河口容子

[169]簡単そうで難しい仕事

 「他人のやっている仕事は簡単に思え、いざ自分がやったら大変なのでびっくりする、ないしは自信喪失になる」というケースは会社員の頃、自分の部下や後輩でずいぶん見てきました。たまに「テレビで○○の成功例を見たのですが、あのくらいの仕事なら私にもできそうと思いました。何から始めたらいいのかわからないので手伝ってください。」という起業希望者から依頼を受けることがあります。何から始めたらいいかもわからず、見ず知らずの人に聞きまわるレベルでどうして自分にできると思えるのか私にはまったく不思議です。
 私の引き受けたシンガポールからのリサーチの仕事には、実は前任者がふたりもいたのです。最初は日本人女性ですが、「就職することになったのでもう継続ができない」と途中で放棄してしまいました。完全な契約違反です。次に引き受けた人は起業したての若い男性ですが、「最初聞いた話と違いやったらとんでもなく時間がかかるのでこんな金額では仕事ができない。」と何日も仕事を放棄したままごねまくったそうです。
 仕事の内容としては、英文の質問状を日本語に翻訳し、もらった企業リストに従い回答の依頼をし、日々の進捗状況を英語で報告、回収した回答を英訳して提出するだけです。私が引き継いだ段階では、質問状の日本語訳はできていましたが、日本語として明らかに不自然、かつ専門用語が正確に訳されておらず、その意味がわからないのをごまかすためにか無理やり質問を新たに作りあげてしまったものもあり、しばらく笑いをこらえることができませんでした。回答してもらうのは日本を代表するトップ企業です。「このまま出したら、馬鹿にされるだけだから訂正します」とシンガポールに伝え、本来の仕事外であった質問状の翻訳の見直しからのスタートです。
 こんな仕事ぶりでは、記録に残っている進捗状況も怪しいと思い調べたところ、ほとんどでたらめです。更にこの企業のホームページを検索すると、こんな調査を進行中と堂々と発表しているではありませんか。これも契約の機密保持の条項の完全違反です。起業したてなので実績がなく、このホームページに載せるネタがほしくて仕事を引き受けたとしか思えません。これをまたシンガポールに知らせ、この人を紹介した機関も含め制裁措置を取ることにしました。この企業は子どものような嘘の言い訳と罵詈雑言のメールで抵抗しましたが、関係者の連携でいともあざやかに適切な処理がなされました。
 こんな騒動の末、やっと本来の仕事に着手することができました。進捗状況表は膨大な量のエクセル形式になっており、もちろんすべて英語です。ふだん英語で仕事をしていない人なら、まずはこの表を和訳し、それに基き作業を行い、日本語でメモを取り、英訳の原稿を作り、インプットという手順でやるはずです。簡単に引き受けたものの、多分上記のおふたりは途中で自分の手には負えない判断したのでしょう。幸い、私の場合は英語で仕事をするのには慣れていますし、エクセルを駆使する得意先が多かったので想像したより楽で申し訳ないと思い、毎日の進捗状況報告をする際に日本の企業文化などもに教えるようになりました。シンガポールから感謝の言葉が毎日返ってきて、報酬まで増やしてくれました。
 このシンガポール人にとっても「日本人はいい加減」というイメージは払拭されたようで、早くも日本にオフィスを置く際にはその代表になってほしいというオファーをいただきました。いい加減な日本人と比較され評価してもらえたのは私にとって幸運でもありますが、同じ日本人としてこういう人たちが真面目に仕事をしている外国人たちに迷惑をかけていることを思うと非常に残念に思えてなりません。「勤勉」「誠実」といった日本人の良さも国際化とともになくなってしまったのかも知れません。
河口容子