[162]天天向上

 「天天向上」これは中国の学校などでよく言われる言葉で「日々向上する」という意味だと中国ビジネスをしている知人に教えてもらいました。経済発展においても中国はまさにこの言葉通りのような気がします。2004年 6月18日号「教育ビジネス市場としての中国」というテーマでも取りあげさせていただきましたが、中国は人口が多いために歴史的に就職難、またかつての日本企業のように入社すれば会社が手取り足取り教えてくれ、ステップアップするための研修をしてくれ、勤続年数に応じて昇格、昇給までしてくれるような風土にはありません。自分の実力で良い労働条件を勝ち取るのです。
 中国ではすでに求人と求職のミスマッチが起きていると聞きます。ミスマッチが起きるということは高度な専門技能を要する人がさまざまな分野で必要になること、また第二次、第三次産業の発達を意味すると思うのですが、中国はすでにその域に達しています。都市へ出稼ぎに行って非熟練工としてこき使われるよりは農村に残って農業をするほうがまし、という人や、都市部ではブルーカラーよりはホワイトカラーへ、それもスキルアップして高い報酬、地位をめざす人がふえています。
 上海で調査・コンサルタント会社を経営する知人によれば、英語ができる中国人は 3人に 1人しか就職ができず、逆に日本語ができれば 1人に3 社から求人があるというので、日本語を学習する人がふえているそうです。日本の簿記学校が中国にスクールを作るという話も小耳にはさみましたので、日本語で簿記もできる中国人がどんどんふえていくことになります。
  9月にベトナムへ出張しましたが、ベトナムは日本語話者数世界一(もちろん日本を除きますが)をめざしているだけあって、外交官、政府機関の方はもとより、企業関係者の日本語の話せる人の多さは信じられないほどです。アジア諸国で日本語の話せる人がふえている間に日本ではどのくらい英語やその他のアジアの言語が話せるようになったのか考えるといつも恥ずかしさでいっぱいになります。
 私の会社には、アジアの国ぐにから、技術者を始めとする専門家を紹介してほしいという案件が各国の政府機関や企業からまいこみますが、先方の希望する技能や経験にぴったりな人材が見つかってもたいていは「英語ができない」という点で推薦できなくなってしまいます。数年前なら中国で日本人専門家を迎えるにあたり日本語通訳をつけてくれたりしましたが、今は「英語環境になっていますので英語でいいですよ。」と先方から言われ、困るというか嫌味にさえ聞こえることもしばしばです。特に中国の大企業は国際ビジネスが急速に成長しており、また国際基準というのは西欧が一歩先んじているため、英語でビジネスができる体制をしっかり作りつつあります。
 一方、先日日本のある政府機関から日本の中小企業の社員教育に何が必要か、特に国際化に対応するにはどうしたら良いか、というような質問を受けましたが、質問自体が時代遅れのような気がしました。私の見聞きする限り、日本の中小企業は業績が二極分化しており、勝ち組においても不要な社員は切り捨て、有能な社員に取り替える時代です。会社が社員を教育していては間にあいません。また、国際化にはまず専門分野の仕事が英語でできることです。何ケ国語も話せるのに仕事がなくてぼやいていた女性がいましたが、理由は簡単で彼女の場合は専門分野も実務経験もなかったからです。日本もそういう時代に入っています。有名校を卒業し有名企業に入れば一生安泰な時代は去りました。個々人が自分の才能をどのように生かし、伸ばしていくかを考え努力し続けなければならないという事は大変でもありますが、職業観や幸福感という点では多様性への理解が生まれるのではないかと期待しています。
河口容子
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[161]中国生産の落とし穴

 私の会社では香港のビジネス・パートナーと一緒に日本製の消費財を香港・中国本土市場で小売や卸売をするという事業を 3年半近くやっています。もっとも日本製といっても最近は中国で製造されているものが多く、当初は「メイド・イン・ジャパン」にこだわっていたのを最近はジャパン・ブランド、ジャパン・クォリティ」の中国製を対象とするという方針に切り替えつつあります。日本ブランドを製造している中国工場から直接出荷してもらえば、時間もコストも節約できるからです。また、日本の企業にとっても輸入をする場合は発注ロットが大きく、単価は安くても、どうしても一部在庫として残ってしまわざるを得ない、その部分を最初から中国で引き取ってもらえれば、リスクの軽減にもつながります。
 ところが、この提案を取引先にさせていただくと、一致して「総論賛成」、実は「実施不可能」という結果が大変多いのです。理由は、特に中小企業の場合、中国生産といっても自社工場を持っているわけではなく、間に商社などの中間業種が入っているケースがほとんどだからです。工場がどのように運営され、出荷されているのかわからないのです。中には貿易手続きはもちろんのこと、為替リスクや不良品などはすべて中間業種持ち、つまり輸入製品を扱っているとはいえ、輸入に関する知識も一切ない、という企業がたくさんあります。はなはだしきは、この中間業種のご機嫌を損ねると年に一度の工場見学すら連れて行ってもらえないという話も聞きました。
 香港のビジネス・パートナーに言わせれば、こうした中国の契約工場は最低2?3%過剰生産を行ない、中国市場に横流しをして利益を得るのが「常識」だそうです。こうした横流し品あるいは模倣品が、正規品を扱っている香港パートナーのところにまで堂々と売り込まれてくるのが中国の特徴です。「こちらのほうが安いからもっと儲かるのになぜ買わないのか。」といった按配です。あるときは類似品を出しているのは、正規品の欧米向け輸出総代理店となっている日本の総合商社の中国法人だったこともあり、日本人も中国市場をどさくさに紛れて悪利用していることがわかります。中には契約工場がわがもののごとく日本の商標登録をしてしまうケースもあります。
 日本企業としては、コストダウンのために中国製造をきめ、日本市場しか見て来なかったためにまわってきたツケとしか言い様がなく、そろそろ中国市場に進出をと考えたころには、模倣品が氾濫している、商標登録まで他社が持っている、という事態に直面します。低価格の類似品が中国から還流してきて国内市場も失い倒産した企業もあります。
 元の更なる切り上げはあり得る事ですし、中国の人件費も昔ほど安くはありません、「低コスト」だけを手放しで喜べません。また、日本市場も景気復活の兆しが報道されるものの、二極分化により市場構造が変わりつつあります。新たな市場として魅力が出てきた中国を開拓すること、知的所有権を守ることなど攻守のバランス、複眼的思考がこれからの日本企業には必要だと思います。
河口容子
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