[040]インドネシアの歴史に触れる

 今回の出張が決まってからふと見た星占いに「世界遺産と関係がある」と書いてありました。その後、インドネシアでの日程がジャカルタだけだったはずが急遽中部ジャワの古都ジョグジャカルタへも行くことになりました。ジョグジャカルタは世界遺産ボロブドゥールのお膝元です。星占いもまんざら嘘ではないと思いつつ、ぎっしり詰まった仕事のスケジュールにとてもボロブドゥールへ行くことはあきらめざるを得ませんでした。ところが、ジョグジャカルタでの最終日、仕事が早く終わり政府機関の担当者が「ボロブドゥールに行きましょう。」と言ってくれたのです。これで星占いは大当たりとなりました。
 ボロブドゥールは世界最大にして最古の石造りの仏教寺院です。 8-9世紀に建立されたと推測され、誰が何のために作ったかは未だに謎です。安山岩の高さ 35mのピラミッドで 9層の回廊の総延長距離は約10kmとなります。第 4回廊までは方形をしており、第3回廊までは石レンガに釈迦の物語が精緻にレリーフとして延々と続きます。上部の円壇は無色界、ベルの形をしたストゥーパ群の中に仏像が安置されています。そして最上階には解脱を表し大きなストゥーパの中は無です。現代のような建設機械や工法もなく、設計技術もない時代にどうしてこのような巨大にして精巧な建物が作れたのでしょう。何という壮大な想い。ひょっとしたら人間は退化しているのではないかとも思いました。そして立体曼荼羅とも取れる意味の深さ。夕日が仏像の頬に金色の筋を投げている写真を撮ることができました。
 この日は午前中に 2社と面談、政府機関とのミーティング、昼食、車で 1時間かけてボロブドゥールに行き、ハイヒールで回廊を歩き登り、そしてジョグジャカルタ空港へ直行、首都ジャカルタへ飛行機で戻るという過密スケジュールでしたが心洗われる気分を味あわせてもらいました。それにしても参道を歩く私たちを追うように次々と現れる土産物売りと身障者も混じっている物乞いの異様な多さはこの国のまぎれもない現実の姿です。悲しいため息が出ます。
 ジャカルタでの翌日は、休日でした。現地の友人におねだりをして歴史好きな私としては北ジャカルタのコタ(旧バタビヤ街)に連れて行ってもらうことにしました。オランダの東インド会社ゆかりの地です。もともと華人の多い地域です。人口のたった数パーセントの華人が富の 8割を握るインドネシア経済です。1955年あたりから華人の徹底的な差別主義をこの国の政府は取っており、中国姓を名乗ることも中国語を話すことも中国の伝統行事を行うことも長らく禁止されてきました。しかしながら、アジア通貨危機以来、華人の資本引き上げがこの国の経済に打撃を与え、現在ではしだいに中国の伝統行事も認められるようになり、今回の出張では蘇州のランタン祭りの会場や新聞記事を目にすることができました。
 1998年のジャカルタ暴動では華人の商店街が襲撃され大きな被害をこうむりましたが、時が止まったかのようにシャッターをおろしたままの商店もたくさんあります。さて、お目当てのジャカルタ歴史博物館は1707年に建てられたバタビヤ市庁舎跡。大砲や当時の政府に抵抗した人々を収容した牢も見ることができます。続いて伝統芸能のワヤン(影絵、人形劇)の博物館、そして植民地時代の高等裁判所跡の美術・陶磁器博物館。中国や日本の古い陶器のみならず現代のインドネシアの芸術家の作品をたくさん見ることができます。そしておしゃれな内装で知られ外人観光客でにぎわうカフェ・バタビアでの昼食はチーク色に囲まれた伝統ある国際都市の姿です。
 インドネシアの奥深さは民族、言語、宗教の多彩さのみならず、富と貧困、西洋と東洋という対極のものが歴史的に混じりあう中、アジア的なバイタリティとなって南国独特の景色の中に溶け込んでいるという所にあるのかも知れません。
河口容子

[039]バサバシと階級社会

 インドネシアとブルネイの出張から無事帰って来ました。留守中、たくさんのお便りを読者の方からいただきました。普段ならおひとりずつお礼のメールを書くのですが、今回は失礼させていただきます。ここでお詫びを兼ねお礼を申し上げておきます。
 さて、インドネシアというと赤道をはさんだたくさんの島からなる国というのは皆様よくご存知だと思いますが、人口は 2億人を超え、面積は日本の約 5倍というと結構びっくりされる方もあるでしょう。また、イスラム教国と思われていますが、確かに太宗はイスラム教徒ですが、宗教は自由でクリスマスもちゃんと休日になります。世界のリゾート、バリ島はヒンズー文化ですし、世界遺産のボロブドゥールは世界最大の仏教建築であることからも多様な文化が混在していることがわかります。
 今回の私の出張は国際機関のお仕事で、現地での相手はインドネシアの政府機関です。つまり、私はインドネシアのお役人にアテンドされるわけです。インドネシアは大官僚国家です。民間企業でもそうですが、人口が多く、それも都市集中型であるがゆえに、実に整然とした階級社会になっています。たとえば、政府機関に行けば態度だけで上下関係がはっきりわかります。ホテルに私を迎えに来てくれるのはだいたい下級管理職ですが、遅れることはあり得ません。遅れたと私が彼あるいは彼女の上司に一言言えば大変なことになるからです。ですから、最大のほめ言葉は本人に言うのではなく、上司に言ってあげることにしています。
 これは民間企業においてもそうです。友人たちが経営している会社の運転手さんたちにはよくお世話になりますし、顔も知っていますが、彼らが直接私に話しかけたり、挨拶することはあまりありません。私のために休日出勤してもらう時などはちょっとしたお菓子などをお礼にあげるのですが、だいたい雇い主経由渡してもらいます。ある日友人のオフィスでサンプルを見たあと片付けていたら、友人に「何をしているのか、持って帰りたいのか。」とたずねられました。片付けているだけ、と答えると「そんなことをしてはいけない。彼女の仕事がなくなるから。」と社員を指してそう言われてしまったことがあります。この国ではお茶くみはたいてい若い男性が専門に雇われていますが、彼を遊ばさないようにお茶を何杯も飲まなければならないのもなかなか辛いものです。
 また、現地の人たちは苗字を見ただけで出身地がわかるらしく、都会っ子、田舎者のような区別や地域ごとに民族や言語が異なり、日本でいうところの県民性のような地域ごとの特性があるようです。

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