総合商社に入ってしばらくして「国際会議に出る」夢を持ちました。出席者がおそろいのバインダーを持って、その書類の中に自分の名前がプリントされている、自分の英文の名札の前に座る、なんてカッコいいではありませんか。
私にまわってきた初めての国際会議は、日本ではなく香港、しかもプレゼンまで英語でやらねばなりません。当時は世界中と取引をし、国内の取引先も米国系の企業で上層部はすべてアメリカ人であったため日本にいてもほとんど英語で税法、関税法、通関のしくみ、外為などを説明していましたので、会議に出ることはさほど不安はありませんでした。さて、プレゼンをどうするかです。
当時はパワーポイントなどまだない時代で、 OHPシートを使うことにしました。何か見せれば時間が稼げるし、聴衆はそちらを見てくれますから私の緊張も半減します。ところが、毎日深夜まで残業をしているため、作成する時間がなく後輩の男性に山ほど作ってもらい、ちょうど日本に出張にやって来たプレゼンの名人、米国法人の女性の部長に OHPシートの内容を見てもらったところ、ものの見事に半分くらいの量に減らされてしまいました。「プレゼンの主旨は何か、それを的確に伝えること、あまり余分なことをいろいろ言っても聞いている方は混乱したり退屈するだけ。質問が出たら答える程度でいいのよ。」
その他、工夫したのは完全原稿を作ったり暗記しないこと、これをやると上手に読んだり、言う事に気を取られてしまい、内容に心がこもらない気がしたからです。100%お芝居のごとくできたとしても、質疑応答でぼろが出る危険性があります。また、語学的には下手であっても自分の言葉で話す方が説得力があると思ったからです。話す内容と順番だけメモを作っておこうと思ったところ連日の残業続きで成田エクスプレス、飛行機の中でも寝続け、香港に着いたら昔の上司にディナーに誘われ、夜の 9時過ぎにホテルに戻ったものの、いただいた料理が辛すぎて、水やジュースをたらふく飲んだところ、今度はおなかがいっぱいでノートとペンを握り締めたまま眠ってしまいました。
気がついたら朝の 4時半。 8時にホテルを出発せねばなりません。 OHPシートがあるものの他人が作ってくれたもので、いまひとつ自分のものとして消化しきれていません。あわててメモを作り会議に臨んだというわけです。一足先に香港入りしていた上記プレゼン名人と合流、心細さは消えたものの、自分の順番がまわって来るまで他人のプレゼンなど上の空の私には、隣でむしゃむしゃとクッキーを食べているプレゼン名人の余裕が(母国語民ですから当たり前ですが)何と憎たらしかったことか。
最近、英語のプレゼンに関して変わったことと言えば、よりフォーマルな会議のケースが多く、失礼のないように一応完全原稿は作っておきますが、流れや聴衆の様子を見て内容を適当に変えたり、ジョークを交えたりする余裕が出てきました。また、パワーポイントも使い易くなっているので強力な武器となります。パワーポイントは資料としてプリントして配布される事が多いので、自分の緊張をとくためにも「お手元に資料は届いていますか?」などと聴衆に呼びかけたり、「あなたはどう思いますか?」などと質問を投げかけ、聴衆に答えてもらうこともあります。自然に、楽しく、聞き手の立場も考えることが私のプレゼンに対する姿勢です。
河口容子
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先週取り上げた「日本アセアン交流年2003」の記念行事としてITによる貿易情報に関するワークショップが開催され、私もビジネスマンの代表として短いプレゼンテーションをやらせていただきました。
WINDOWS95 が出てから、自宅にもパソコンを買いインターネットも始めましたが、ここで自分の働いている総合商社に対してかなりの危機感を持つことになります。総合商社というのは早くから情報産業とも呼ばれ、国際電話がべらぼうに高く、FAX の影も形もなかった時代にテレックスのネットワークで世界中と交信できました。おまけに地球の隅々まで駐在員を置くという人海戦術とあわせると大変な投資をしてビジネスをしていたわけです。それに引き換え、サラリーマンの小遣いで買えるパソコン1台で、通信から情報収集、きれいな書類も作れるわけです。しかも、私が自宅にパソコンを買った時は会社でひとり1台パソコンが支給されていませんでした。それから、常に自宅のパソコンの方が会社より新しいバージョンのOSやソフトがあり、会社で「ああ家に帰ればもっと早く仕事ができるのに、こんな事もできるのに」といらいらするようになった挙句、独立して仕事ができると思えるようになったのもこのITのチカラでした。
私のように海外と仕事をする者にとってはインターネットはなくてはならないものです。通信にしても電話やFAX をいちいち使っていたら通信費はとんでもないものになるからです。また、オフィスにすわったまま、世界中の情報を入手することが可能で、かつ最近は貿易サイトが充実しており、特にB2B サイトでは世界中から取引先を見つけることができます。私は2000年の10月からいくつかのB2B サイトを利用しておりますが、スパムメールも含め玉石混交ではありますが、現在までに200件以上の引合を入手しました。
今回のワークショップではアセアン各国の貿易サイトのにつき各国の担当者からのプレゼンがありましたが、正直なところビジネスマンレベルのIT力、英語力は日本はアセアン諸国以下ではないかと感じました。ミャンマー、カンボジア、ラオスなどの政府の貿易情報サイトを見る限り日本もうかうかしていては取り残されると思うほどです。考えてみれば、一部の国を除けば、公用語が英語の国もあるし、欧米の植民地という歴史を持つ彼らの方が、日本人より欧米の感覚を身につけているのかも知れません。彼らはITのチカラを借りて一気に追いつこうと必死です。
ワークショップのあとのレセプションで耳にした話ですが、ODA である国にパソコンを1 億円送ったそうです。ところがどっとクレームが来ました。なぜならOSがすべて日本語版であったからです。私も時々あるのですが、日本のメーカーのCDカタログを海外の取引先にあげたのですが英語のOSでは起動すらしなかったという経験があります。また、日本のビジネスマンの多くは名刺にメールアドレスが刷り込んであるものの使っていない(使えない?)人も多く、「メールをしましたのでご覧ください。」とわざわざ電話で確認をしなければならない事や1 月もたってから返事をもらう事、ひどいのは簡単な問い合わせの返事すら来ない事もあります。日本におけるITは設備としては普及しましたが、ビジネスでの活用度は二極分化が進んでいるような気がします。
河口容子