私が起業した2000年の春はまだ起業ブームが続いていました。その頃、何人かの男性がご自分の起業相談にのってほしいと電話をかけて来られました。理由は今の職業では「リストラの不安がある」からというもので、貿易「なんかでも」やってみたいという主旨でした。プロとして長年この道に生きる者としては「なんかでも」と一口に言われるのは非常に心外でしたが、逆に魅力ある職業に思えるのかも知れないと気を取り直し、たずねてみると「貿易なんかやったこともないけれど、英語できないんで英会話スクールでもまず行った方がいいですかね?」と言われ、再びがっかりした記憶があります。
貿易実務そのものは世界共通のルールで動いていますので誰でも勉強すればできます。ただし、売り手、買い手、運輸業者、税関、港湾関係の作業をする会社、船会社、通関業者などいろいろな人の手を経て始めて成立する仕事だけになかなか教科書どおりにはいきません。他人の仕事への理解や配慮、コミュニケーション能力も必要です。しかも、相手は文化、習慣の異なる外国人です。また、時差の壁もつきものです。通信手段の発達で海外とのコミュニケーションは手軽で経費もかからなくなりましたが、緊急時にはやはり深夜までの残業や徹夜もあり得ます。おびただしい量の経験、それも失敗の経験がなければ間口も奥行きもあるプロの貿易人にはなれません。
[011]「そんな生活」と言われた驚き
3週間にわたって自分の海外出張記を書かせていただきました。特に先週号では、香港のお金持ちも知恵や努力の結果ということをおわかりいただけたと思います。また、華人社会については香港のみならず東南アジアに広がる華人社会とおつきあいされる方にはヒントになったのではないでしょうか。
このような話を日本のビジネスマンにおもしろおかしく話したところ、「正直なところ、そんな生活って辛くないですか?」という質問を何人かからいただきました。「そんなというのはどういう意味ですか?」と驚いて聞き返した私です。「女性がひとりであちこち行って商売して、時差もあるだろうし、慣れない所でずっと英語しゃべって暮らして、自分の会社なら徹夜したり、休みも取れないこともあるでしょう。嫌じゃないですか?」「私はサラリーマンも24年やりましたが、夜討ち朝駆けの世界でしたし、平々凡々として暮らすより楽しいですけれど。」彼らは一様にがっかりした表情を見せます。
彼らの質問から正直な人たちだとは思うものの、同時に起業家にも国際人にもなれないと瞬時に感じます。なぜなら、決められた時間だけ言われたことをして、それもなるべく楽なことをしてお金を稼ぎたい、という価値感から出ているサラリーマン的発想の持ち主だからです。また、自分の価値感を中心にして、違う価値観の人を不幸だとか、本当は嫌なんだろう、と勝手に決めつけるのは世界という舞台に出た場合、独善的であったり、失礼なことを平気で言ったりする日本人になりかねません。政治、社会、文化と日本の日常では想像もつかない国というのはたくさんあるからです。