[344]ビジネス・スキーム その2

 私が常日頃感じるのは日本人はビジネス・スキームづくりに非常に弱いということです。理由としては新規事業を立ち上げる担当にならない限り、既存の商権、つまりシステムに従い、何の疑問もなく、仕事を行っているからです。しかも分業でやっていればビジネス全体のしくみを眺める機会も権限もないからかも知れません。
 ビジネスにも5W2Hの法則があり、この要素が決まって初めてビジネスとなるわけです。まず、 WHOは売り先や買い先は誰なのか、自分の役割は何か、です。WHATは投資なのか、売買なのか、その対象は何か、ということです。WHENは時期です。 WHEREはどこで実施するビジネスなのか、どこからどこへ商品を移動させるのか、です。商品の場合、所有権の移転の場所を決めることになり、リスクとコストにもかかわる重要なポイントです。 WHYはビジネスの目的や意義です。総合商社の場合は売掛金が増え続ける取引先には買掛金が発生するような取引を創出しリスクを相殺させることもありますし、本命のビジネスを狙うのに周辺分野から入っていくこともあります。 HOWは手段や方法です。 HOW MUCHは売上、利益、投資金額、金利、経費など金額にかかわることです。
 新しいビジネスを構築するには、この要素をひとつずつ書き出して整理してみます。私を困らせるクライアントというのはこれらがちっとも詰まっていないか、自分の勝手な都合(ルールや常識無視、あるいは不勉強)で成り立っており機能しないか、のいずれかです。以前、自分はこういう事がやりたいのだけれど誰も相手にしてくれないと嘆いた方がいました。理由は簡単です。あまりにも漠然とした話だったからです。公的機関や専門家に相談される際は、書き出したもので説明をすれば明確な答えが得られます。たとえば WHOの売り手がわからず空欄になっていれば探す方法を教えてくれるかも知れません。
 会社員の頃、新事業部という部署にも在籍したことがありますし、営業の部署でも新規取引先や新規商品の開拓を常に要求されていた経験を持つ私は書き出して整理ぜずとも頭の中で自在にシミュレーションをすることができます。たとえば、単価が高くても少量しか販売できない A社より、少し単格を下げても大量に安定した販売が見込める B社のほうがいいのか、あるいは並行して売ってリスク分散する形はないのか、同じものは売れないなら少し仕様を変えれば大丈夫か、などという風にビジネスのアイデアは無尽に広がっていきます。
 日本ではビジネス・スキームを決めずに、「とにかく一緒にやってみてうまく行けば役割や利益の分配方法を決めましょう」といったスタートを切る事がありますが、当然力関係において強いものが得をする形になり、時間がかかれば体力がないほうが途中であきらめることにもなります。それぞれの思惑や置かれている状況の変化により、結果が出ないことも多い気がします。
 誰しも自分に都合の良いように物事を考えがちなもの、上記の5W2Hがつまっていないと、つまらぬケンカや感情のもつれに発展することもあるのではないかと思います。国際ビジネスを行う場合は、決めても決めても、やはり文化や商習慣の差による誤解やズレはあるので、お互いの努力と密なコミュニケーションが大切です。忍耐や緻密さという点では女性のほうが国際ビジネスには向いていると思う時もしばしばあります。
河口容子
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[343]リスク・テイカーのマナー

4月に香港の国際経営戦略コンサルタント会社のパートナー(非常勤役員みたいなものです)となってから、既存の香港パートナーのルートと並行してどんどん仕事も増え、国内外の人脈もネズミ産式に増えています。先週号で触れたようにフランス在住の日本人コンサルタント N氏に応援を得て、一気に私の世界はEUや中東、アフリカまで広がっていきそうな勢いです。
 「今の中国では頭が良く、少しのお金とちょっとの勇気、そして勤勉であればどんどん事業に成功して出世していきます。日本では世襲議員のように利権にしがみついているような人が多く、頭が良くてもお金の稼げない人もいれば、お金はしこたま持っていても品性も卑しいお馬鹿さんも多い。日本に比べるとまっとうですがすがしさを感じます。」と N氏に言ったところ、「日本も70年代まではそういう前向きなリスク・テイカーがいたんだと思います。皆が宝探しに邁進する、それが高度成長のエネルギーじゃないでしょうか。最近、ビジネスを仕掛けたブラジルやアルゼンチンでも同じエネルギーを感じます。」
 今の日本は高度成長期に成功した人の孫子の時代に入っており、政界のみならず経済界から芸能人に至るまで2世とか3世が現れてくるのも致し方ないのかも知れません。私に言わせればサラリーマンというのも所属する組織の名前や商権、他人の出した資本に依存しているわけで立派な利権にしがみついた職業です。
 私が香港、中国のビジネスマンたちに対し尊敬する点は「失敗しても他人のせいにしない、愚痴を言わない」ところです。香港女性と結婚している日本人から聞いた話ですが、奥さんの親戚に大金持ちがいたそうです。ところがある日突然事業に失敗し無一文になりました。「何と慰めて良いものやら」と励ましにご夫婦でこの元大金持ちを訪問すると、バスの運転手になっており、以前よりも喜々として暮らしていたそうです。こういう潔さと前向きな明るさが私は好きです。これがリスク・テーカーのマナーだと思います。
 会社員の頃、九州に取引先がありました。年に 2-3回しかお伺いしないにも拘らず、社長にお会いすると開口一番仕事のこと、社員のことなど愚痴ばかりです。「私に愚痴を言ったところで何の解決をしてあげられない。そんなに嫌なら仕事を辞めればいいのに、あなたは辞める権限を持っているではないか」と内心いつも不愉快でした。非常に業績が悪いという噂にも拘らず高級車を乗り回し、実態のないような子会社まで持っています。私としては支援の意味もあり、できるだけ売上を作って差し上げたつもりですが、感謝されるどころかあまりにも理不尽な対応が続き、とうとう私の一存で取引を停止しました。その 2-3年後、この会社は倒産し社長は自殺をされたと風の便りに聞きました。この社長に香港人の潔さと前向きな明るさがあったらそんな悲劇は起こらなかっただろうと時々思いだします。
私自身は追い詰められるほど冷静になり、普段は思いもつかない知恵のわくタイプです。だいたい悩みとは無縁で、10年ほど前に目の病気で医師に「休日に異常があったら救急車ですぐ病院に行ってください。失明するかも知れませんから。」と言われ、失明したら点字を覚えよう、今まで知らなかった世界が開けるかもしれないととっさに思いました。腰痛で「歩けなくなったらどうするんです?」と内科の医師に脅され、整形外科に行った時は、ドイツ製の車椅子のカタログから自分の好きなデザインをちゃっかり選んでいました。こんな性格が香港のリスク・テイカーたちと波長が合う理由のひとつだと思います。
河口容子
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