ほめ上手

 「僕はこんなに一生懸命仕事をしているのに誰もほめてくれないばかりか、何かあれば文句ばかり言ってくる。やはり日本で働くのにはむかないのだろうか。」ある日、東京の米国系企業に転職してきた日系米国人がそうつぶやきました。外資系とはいえ、部下や取引先のほとんどは日本人です。彼は実に配慮の行き届いた非常にソフトな人で誤解されているとも思えません。彼の話したり書いたりする英語は知性とやさしさにあふれ密かにお手本にしていたくらいです。私はさっそく彼にこういう日本語を教えました。「うまくいって当たり前。」几帳面な日本人としてはうまくできて当たり前であり、特にほめることはしない。ちょっとでもミスがあればすかさず言ってくる。これは国民性であり悪意はないのだと。

 かつて香港で国際会議があり英語でプレゼンテーションをしました。そこに集まった8ヶ国のメンバーはてんでに拍手をし「良かった。参考になった。」とほめてくれました。これが日本で日本人どうしのミーティングであれば、何も言われない内容のものであったにもかかわらずです。わざわざ日本から準備をしてやってきたという努力に対するねぎらいの気持ちがほとんどでしょうが、私としては安堵したと同時に自信にもなりました。

他の国のビジネスパーソンにもよく言われます。「何で日本人って文句ばかり言ってくるの?」確かに日本人はほめたり、感謝するということを照れくさいのか、沽券にかかわると思うのかあまりしません。何事もバランスが大切で適切にほめてくれる人の注意には耳を傾けますが、注意ばかりされると「ああ、うるさいな。」となってしまいます。このようなことを上司に言ったら「自分の部下にお世辞なんか言えるか。」と言われたことがあります。お世辞とほめることは違います。自分への見返りを期待して言うのがお世辞で、ほめるのはその人への感謝や期待の顕れだと思います。

 私が入社したときの課長は7000人いる会社の中で一番こわいという評判の人でした。叱られてばかりの毎日でしたが、今思い返せば忙しいにもかかわらず大変教育熱心で、ほめるのも人一倍上手でした。また、何年たってもこの人のように優秀にはなれないと思うほどの能力の持ち主であっただけに、ほめも叱りもいっそう効果があった気がしてなりません。

 時々、海外の取引先から「当社はかかる悪条件にもかかわらず良くやった」と自慢げなメールをもらうことがあります。私も日本人、少々「ほめ」が足らなかったかな、と反省して思い切り感謝することにしています。もちろん、この感謝によってお互いの関係が円滑にいっていることは言うまでもありません。

 私のエッセイも満1周年を迎えました。始めた頃はいつまで続くか不安でもありましたが、いろいろな出来事がおこり、書くテーマには不自由いたしませんでした。書くことは孤独な作業ですが、たくさんの方からおたよりをいただき、それが励みとなって頑張れた部分もあります。特に中高年の方へのインターネットの普及が予想外にすすんでいることは新たな発見でした。また、サラリーマンはもとより、主婦のかた、学生とさまざまな立場からご自分の意見をきちんと書いてくださるということも大きな喜びと楽しみとなっています。この場を借りて御礼申しあげます。

2001.10.11

河口容子

「完全失業率」とは

 タクシーにはめったに乗らないのですが、運転手さんとは景気の話を必ずします。いわば、私にとってタクシーの混み具合はひとつの景気のバロメーターです。完全失業率が5%を超えたという話になって運転手さんいわく「その失業率つうのはどこまでほんとやら。だって、私の友人なんて娘3人とも就職しないでいばってますからねえ。最近の人って働きたがらない人も多いじゃないですか。」確かに私の周囲にも「就職しない子供」や「大企業に就職したがすぐ辞めた子供」を自慢している親たちがいます。さも、自分が甲斐性があるとでも言いたいのでしょうが、決して大金持ちではありません。

 失業率に出てくる完全失業者とはどういう状況なのか調べてみました。完全失業率とは労働力人口に占める失業者の割合。労働力人口は「満15歳以上の人口のうち学生・主婦・家事従事者・病弱者など職を持たず職を求めない非労働力人口を除いた、就業者・休業者・完全失業者の合計」、失業者は「毎月末日に終わる1週間中に収入をともなう仕事を1時間以上しなかった者のうち、就業が可能でこれを希望し、かつ求職活動をした場合」と定義される。月末の1週間、全国の約4万世帯、約10万人を標本調査して総務庁が算出。なお、「完全失業者」に対する「不完全失業者」の定義はないそうです。

 統計は比較をしていく以上、対象をころころ変えてはいけないと思いますが、上記の条件はちょっと感覚が古い気がします。ほとんど皆が定職をもつべきという前提にたっています。たとえば、現代では主婦で仕事を持っている人はざらにいるわけで、勤務先の都合でリストラにあった、不況で仕事も見つかりそうもない、じゃあしばらく専業主婦をやろうということになれば、いきなり労働人口から非労働力人口に入ってしまうわけで失業にはならない点です。

 また、いくら仕事をさがしても見つからない、やっと1日アルバイトに行った、それが統計の対象の1週間の中にあたり、失業者ではなくなることもあり得ます。

 あるいは、これは昔からあるパターンですが、失業保険ほしさに定年退職者や寿退職者が求職活動をしているケースです。統計上は失業者ですが、ご本人たちはその意識はないでしょう。

 最近見かける働きたがらない若者たちも正社員として固定化されていないというだけでアルバイトをしたり、遊んだりしているわけで、大人の目からすれば失業者のイメージですが、上記条件にあてはまれば立派な労働人口です。

 フリーランスで働く人の中には一定期間集中して仕事をするものの、仕事がない時もあるという人もいるでしょう。

 考えたらきりがないほど、労働感はもちろんのこと、仕事のしかた、待遇も千差万別です。たとえば、同じアルバイトやパートタイマーであっても正社員とほとんど同じ待遇の人もいれば、単発の不定期の雇用で終わってしまう場合もあります。完全失業者を減らすには新しい「労働」の定義がまず必要かも知れません。

2001.10.04

河口容子