[326]続 言語の話

 会社員時代、国際会議で絶賛された課長さんがいました。彼が米英を含む数ケ国のメンバーで大型プラントの案件について会議をした時の事です。母国語である優位性から米国人、英国人が早口でまくしたて始めると、その他の国民がついていくのに精いっぱいとなり、考える余裕がなくなります。そこで彼は「皆にわかる英語で話してください。これは国際会議なのですから。」母国語民以外は一斉に拍手をしたそうです。彼は英語が得意ですから本人が困った訳ではなく、たぶんコーディネーターとしての配慮や場の雰囲気を変えるテクニックとしての発言であったと思います。
 ある国際機関主催の商談会で受付をしていた知人の女性職員が私を見るなり飛んで来たことがあります。「今日、すごく嫌なお客さんが来ましたよ。」「どんな?」「通訳は必要ですか、とお聞きしたら、きみはわしが英語できんと思っとるのか、っていきなり怒り出したんです。」「くだらない。だって、あなたは全員にそう聞いていらしたのでしょう?」「ええ、母国語でない方も多いので英語がおできになっても聞きとりにくいとおっしゃる方もいらっしゃいますので一応お聞きしております、と言ったら、ふん、と通り過ぎて会場へ行かれました。」「そんな人に限って後で騒ぎだすのでしょう?」「そうなんです。途中でこんな下手くそな英語はわしにはわからん、通訳は何をしておる、って怒鳴っていらっしゃいました。」「その方は本当に英語が話せたのかしら?」「通訳によると英語らしき言葉は一言も発していないとのことでした。」
 実は私自身も会社員の頃、タイ人の英語が電話で聞き取れず、バンコックに駐在経験のある同僚に代わってもらったところ、ちゃんと話が通じているばかりか同僚も同じような言葉を話しているで「タイ語も話せたのですか?」と聞くと「あれ、英語のつもりだったんだけど。」と言われ、お互いにばつの悪い思いをしたことがあります。インドに駐在経験の長い上司はふだんはおとなしいのに英語の電話を取り上げれば瞬く間にインド人に早変わり、巻き舌の支離滅裂な早口で英語を繰り出し、語学はまさに反射神経の賜物と言えます。
 現在、中国と東南アジアを中心に仕事をしていますが、国際交流が進んでいるせいか、「お国訛り」の英語を話す人が減ってきているような気がします。そんな中、日本のエアラインの機内アナウンスの英語は「伝統」なのかも知れませんが相も変わらず「お国訛り」で恥ずかしくて笑い死にしそうなことがしばしばあります。
 中国人の P氏は大学で日本語を専門的に学習後日本に留学、その後日本に10年ほど住み続けており、日本人よりも美しい日本語を話す男性でした。ある日、「ツキメン」と言いだしたので私の周囲の人が「えっ?つけ麺?」「いえいえ、月の表面のことです。」「それはゲツメンと読むのですよ。」と私。「河口さん、ゲツメンでしたか?私、ずっとツキメンと思ってましたよ。ああ、恥ずかしい、どうしよう。」「大丈夫、大丈夫。日本人だって間違って覚えていてある日突然恥をかく事が 2回や 3回はありますから。」「本当ですか?河口さんもありますか?」「ありますよ。だって日本語の読み方ってきちんと法則があるわけではないし、読んで覚えただけの熟語なら発音を間違って覚えることもありますよ。」彼は朝鮮族の中国人で北京語と朝鮮語のバイリンガル。日本語は三つ目の言語です。首相を筆頭に国語力が低下している一方、 P氏のように正統な日本語を継承している外国人も増えているのはありがたいような悲しいような事です。
河口容子
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厳寒のワシントン、200万人の国民が感動と期待を持って見守る中、バラク・オバマ氏が米国大統領に就任しました。オバマ氏は夫人がアフリカ系米国人ということもあり、アフリカ系にアイデンティティを置いているようですが、ケニアからの移民を父とし、母は白人で、ハワイに生まれました。日本で言うところの「ハーフ」です。母の再婚相手がインドネシア人のためジャカルタで暮らした経験もあります。インドネシアは大国であり、歴史的には中国とインドの文化がぶつかり合う所で多様性の宝庫です。ビジネス界で活躍している華人たちは仏教やキリスト教がほとんどですが、国民の太宗はイスラム教、日本人に人気のあるバリ島はヒンズー教です。このアジアの複雑さと奥深さの理解と体験が今後のアジア政策に反映されて来るような気がします。
ミシェル・オバマ夫人は早くも類まれなファッション・センスの持ち主として注目されています。同じように夫以上に実力があると言われたヒラリー・クリントン国務長官がファースト・レディ時代はキャリア・ウーマンらしいファッションの印象が強く、ローラ・ブッシュ前大統領夫人は南部の良き家庭人という印象のファッションです。さて、アフリカ系米国人のミシェル・オバマ夫人は何を着る?歴代のファースト・レディがパステル色を好んだのに対し「褐色の肌にはパステルは似あわないだろう」という声や「ファースト・レディのファッションは米国人のお手本だから白人に受け入れられないのも困りもの」という声もあったと聞いています。
就任式の黄色のドレスとコートは「希望の色」それもテレビで見る限り抑えた黄色でエレガントかつ厳粛な雰囲気です。彼女の長身を包んだ黄色から国民へ「希望」のメッセージを発信したわけです。このデザインはキューバ系米国人、そしてワン・ショルダーのイブニング・ドレスは台湾系のデザイナーで、靴はジミー・チュー(セレブに人気のマレーシア人デザイナー)、教会で着ていたドレスは白人デザイナーでしたが日本の鶴をイメージしたものだそうです。鶴は千羽鶴のように祈りを運ぶ鳥でもあり、それを知っていたとしたら実に心憎い演出です。また、米国の通販ブランド J・クルーの愛用者としても知られており、自分に似あうものや好きなものと言うより、一般庶民やマイノリティへの配慮がそこかしこにうかがわれ、「世界の公人」としての決意が現れているように思いました。
世界のファースト・レディではサルコジ大統領夫人のカーラ・ブルーニさんが元スーパーモデルだけあってファッション・アイコン(お手本)としては有名ですが、ミシェル・オバマ夫人が今後どんなメッセージをファッションから発信していくのか大変楽しみです。
一方、日本の首相夫人のファッションは出番が少ないせいかあまりマスコミでも取り上げられる機会がなく、アジア全体では女性の大統領や首相がかなり出ているにもかかわらずファッション・アイコンとして有名な人がいないのはなぜでしょう。やはり、アジアではまだまだ控えめな女性像が求められているのかも知れません。特に日本では夫人同伴というイベントがほとんどなく、私は招待されてもビジネスマンとして行くわけですからビジネス・スーツで出席するわけで、ドレスも和服も巻き髪も一切縁のない世界にずっと住んでいます。
河口容子