[296]梅雨の晴れ間のような

私にとっての6月はオファーが雪崩のごとくやって来て、頭痛を通り越しておなかが痛くなり胃薬を飲み飲みしのいだ感がありました。民間企業もあれば公的機関もある、国もばらばらな上に、私は営業活動を数年まったくと言って良いほどしていないので、すべてご縁のあった方々からの依頼です。無碍に断るわけにはいきません。景気後退の中、ありがたい話ではありますが心身ともに極限に追い込まれます。
2008年 6月19日号「夢への挑戦」で中国でのデザイン・ビジネスに着手したことに触れましたが、日本のクライアントが産学連携をしている関東地方の公立女子大を紹介してくれました。ゼミ担当准教授とお話をするとゼミ生6名をデザイン・コンペに参加させたいとのことでした。さっそく工業デザイナーの H先生と一緒にゼミを訪問し、コンセプトのプレゼンをやりました。セミナーでビジネスマンの方々にお話をするのには慣れていますが、学生相手は初めてでとても新鮮な気持ちになれました。「デザイナーの国際化」、「中国メーカーにとってデザインによる差別化は偽物や粗悪品のイメージからの脱却」、「一部のお金持ちのための高級ブランドではなく世界中の大衆が支持するブランドづくり」これらがこのプロジェクトにかける私の思いでもありますが、良く理解してくれたのか、次第に輝きを放ち出した美しい瞳たちに梅雨の晴れ間のような爽快さを感じました。
シンガポール政府関係者と早朝からのミーティング。「朝早くから雨の中をわざわざお越しいただいて」と英語で言われ、最近の日本人にはそういう挨拶のできる人も減ったとぎくりとしました。上記の中国の話をすると「それは良いことですね。偽物が減るきっかけにもなるし。」と S氏。「ところで日本人は中国製の食べ物を嫌うけど、なぜ洋服は中国製でもいいのですか?」と B氏。私は目を丸くして「だって食べ物は危ないでしょう。別に中国を毛嫌いしているわけではなく、安全性の問題だけです。」と私。「確かにその通り。洋服で中毒にはならないからね。」と言う S氏にしばらく全員で笑いころげました。
その後、アセアンの美容・健康グッズの展示会に行ったのですが、ベトナムの化粧品メーカーの女性と雑談をしました。彼女は経済学修士です。「もっと日本のドラマが観たいのにベトナムではやっていないの。」実は4月ホーチミンのホテルで国営放送をくまなく調べましたが、韓国ドラマ、中国ドラマに米国アニメはあるのに日本に関する番組はありませんでした。「韓国ドラマに出てくる車や携帯電話、家電はとても人気があるの。そういうメーカーがスポンサーとなっているのよ。日本もそうしたら良いのに。」これらの韓国メーカーは皆財閥系なのでドラマの放映権を買い、コマーシャルがわりにドラマを使うなんて造作もないことなのでしょう。「日本人は国内市場で売って結構満足してしまうからそこまで発想が及ばないのでしょうね。韓国は人口が少ないから海外へ市場を求めて行かざるを得ないのです。」帰りに袋いっぱいの化粧品のサンプルをくれましたが、自然成分がほとんどなので安心とは思うものの、こわごわ実験台となっている毎日です。
次はシンガポールのみるみる小顔になるクリーム。何とメジャーまでついていて使用前と使用後の顔のサイズを測ります。脂肪を燃焼するクリームを塗って10分ほどすると平均0.6-1.5cm 顔半分が小さくなるそうです。その晩私も試してってみましたが、 1cm小さくなりました。ところが次の晩も 1cm小さくなったので、持続性はないのでしょう。毎日 1cmずつ顔が小さくなったら大変です。実は私はコスメ・フリークで、コスメのクチコミ・サイトにもう 300件近くのコメントを書きこみました。女性誌のコスメの特集は欠かせません。コスメにかける時間とお金は年齢とともにうなぎのぼりです。
まさに忙中閑あり。仕事をしながら楽しむひととき。昨年ベトナム・セミナーでご一緒した工業デザイナーの Y先生に「河口さんのように実務も夢も気合の入ったコンサルタントにオファーが殺到するのはよくわかります。今のように価値観と原価が目まぐるしく変わる時期ほど大切な人と思います。」とおだてられ機嫌を良くした私は冷静と情熱の間をさ迷いながら、猛烈な勢いで仕事をこなす日々が10月くらいまで続きます。
河口容子

[295]ベトナムを襲う経済不安

 ベトナムの急成長ぶりについては、このエッセイでもたびたび触れていますが、一気に経済危機説が浮上しています。今月5月にはインフレ率が25%を越えたこと、株式市場が60%も下落したこと。IMF(国際通貨基金)の管理下に入るのではないか、など。世のエコノミストたちは中期的にはベトナムは成長すると口をそろえて言うものの、短期的にはタイの通貨危機の時のように世界に波及するという人もいれば、楽観視している人もいます。急速な経済成長期にインフレはつきものだし、証券市場の規模も小さい。為替相場も政府によってコントロールされている、というのがその理由です。これに付け加えるならば、先週号で例をあげたようにベトナムのメディアは徹底的に統制されており「不平、不満や不安をあおるような報道は出ない」「教育的な報道は繰り返される」という社会主義の良さもあります。
 実はこの話題は韓国ではかなりシリアスなものとなっています。大韓貿易投資進行公社(KOTRA) はベトナムに進出した韓国企業が物価上昇による賃金上昇、原材料価格の高騰、資金調達難の「三重苦」に苦しんでいることを発表しました。進出数が多いので目立つということもありますが、最大の問題は自己資本比率の低さにあるようです。進出中小企業の多くはベトナムの金融会社から資金を調達しており、インフレ対策のため返済利率の上昇、新規投資の制限にあっているというものです。2008年 4月10日号「相次ぐ中国からの撤退」でも韓国企業の問題を取り上げましたが、韓国企業は借金をしまくってでも勇猛果敢に海外に出て行きます。逆に日本は尻込みしてチャンスを失うきらいがあります。
 さて、本題のベトナムの経済危機説ですが、日本の8割程度の国土で8500万人の人口の国に日本、韓国、台湾、香港、シンガポール、中国本土までが競って投資をしている訳で良い場所や人材は奪い合いとなり、物価が上がらない訳がない。ホーチミンでは「いくらお金を積んでも良いオフィススペースは確保できない」「ビンズオン省では1週間で10倍土地が値上がりした」などの噂が流れました。そうすると実需ではなく投機マネーまでが暴れまくります。
 インフレでベトナム国民はさぞ困っているかと言えば、そうではなく、バイクも新型になり、自動車もふえ、服装もファッショナブルになっています。ベトナムの政府機関のOBによれば、「ベトナムでは現金収入によるアルバイトがある」と言います。たとえば2007年12月 6日号「ベトナムで教える、ベトナムで学ぶ」の後半に出てくる年商10億円の手工芸品メーカーは工場でサンプルを作り、近隣の農家で下請けをしてもらい、回収して検品をするしくみになっています。工場は最低限の人員で生産調整がいくらでもでき、農家も副収入になるというわけです。また、2007年12月13日号「ハノイで味わう」でふれたナイトマーケットにしても、いわゆる縁日の拡大版のようなものですが、日暮れてから仕事帰りのようないでたちで店を開けている人もたくさん見受けられ、これも副業ではないかと思われました。
 ベトナム人では男女同権の共働きのダブルインカムが普通です。専業主婦は 1割程度と聞きます。経済成長に伴い高所得どうしのカップルと低所得どうしのカップルでは世帯年収がぐっと開きます。また堅実な国民性から中国人のように一山当てるためにリスクを張るケースが少ない、従って貧富の差が比較的少ないと思っていたのですが、不動産関連での成金もふえ、最近アドバイスを依頼された企業は昨年末に設立、30代の女性が社長の小売店チェーンですが、資本金が 6億円以上あり、10ケ所に店舗スペースを持っています。ここでは欧米、日本のブランド商品を扱っており、インフレなどものともしない層が確実にふえている事を物語っています。
河口容子
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