[263]シンガポール人と味わう銀座の秋

 2007年 7月 5日号「アセアン発の美と健康」に登場したシンガポールのクライアントが今度は食品見本市に出展するために来日しました。東京は秋たけなわ、外国人にとってべストシーズンです。今回は男性と女性の管理職の来日で、前回時間の都合でお流れとなってしまった銀座でのディナーが実現しました。もともとはフランス料理の予定だったのですが、女性の管理職のために和食のお店も探し、来日前に両方のお店のホームページを見せて選んでもらうこととしました。
 女性の管理職Mさんとは初対面です。私はビジネスウーマンと初めて会う時はなるべく色を控えめにしたスーツで相手を華やかに見せるよう心がけています。逆に男性とご一緒するときは「ドブネズミ・ルックのおばさん」はお嫌だと思うので少し華やかな色やアクセサリーを身につけるようにしています。相手の業種によっても着るものは変えるのが会社員時代からの習慣です。私にとって商談時の服装は自分のために着るのではなく、相手のために着るのです。
 この日のMさんの装いは白のスーツにミントグリーンと白の細いボーダーのカットソーが長身に映え、南国の人らしいさわやかさにあふれていました。一方、男性管理職のPさんは2007年 7月12日号の「ギフトは心の鏡」で触れたネクタイをきちんとしめてきてくれました。気配り名人の彼のことゆえ、おそらく差し上げたネクタイをしめて来るだろうと予想しましたが、気に入ってくれたのか、もうかなりくたびれた感じです。
 行先はフランス料理に落ち着いたのですが、Mさんによれば「シンガポールには日本料理屋がたくさんあってお値段も高くはないけれど、フランス料理はとても高くフォーマルすぎてあまり行かないから。」というのが理由のようです。Mさんに日本に来たことがあるのかとたずねたところ、「10年前に来ました。」「それではまだ赤ちゃんだったのではないですか」と冗談で言う私に「いくら何でもそんな事はないですよ。」とうれしそうにニヤリ。「東京はとても好きです。きれいですもの。」「きれいって何がですか?」「いろいろな建物があるでしょう?シンガポールなんてオフィス・ビルはみんな同じよ。」彼女が建築に興味があって良かったと内心ほっとしました。実はこのレストランは内装でも有名なのです。「東京の人は洋服のコーディネートが上手ですよね。シンガポール人なんてその辺にあるものを適当に着ているだけですもの。」「それはきっと暑いからでしょう?」「エアコンの中では結構きちんと着ようと思えば着れるのに怠け者よ。」
 彼女はお土産に傘を買って帰るのだと言います。「私の香港のビジネス・パートナーはお金持ちですが、奥さんに2本も日本の傘を買って帰りました。デザイナー・ブランドの傘がこんなに揃っているのは日本しかありませんよ。」「だから高いのね。今日デパートで見たら私のほしいのは2万円くらいしたのでもうびっくりしました。でも買うわ。」
 その後、話はPさんの次の出張先のニューヨークへと移り、世界の大都市の物価の比較になりました。秋の夜長をこうしてまだ若い国際人たちと過ごすのは楽しくいくら時間があっても足りません。「今度シンガポールに来られたときはいつも僕たちがお世話になっているお返しをしますよ。シンガポールじゅうの良い所を全部見せてさしあげますから。」とPさん。彼らの企業は 130年の歴史と数々の賞を誇るシンガポールの上場企業です。従業員は1000人以上おり、多国籍にビジネスを展開しています。彼らのたゆまぬ努力、人への優しさ、礼儀正しさ、思えばこれらは日本人の長所であったはずです。国際競争力ランキングで日本がシンガポールに負けるのも仕方ないとふと思えた帰り道でした。
河口容子
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[241]イタリアン・シンガポリアン

 シンガポール国際企業庁から依頼され日本進出を希望するシンガポール企業をお手伝いするようになって約1 年たちます。まずは経営者の方と直接お会いしたり、メールでコンタクトをし、可能性につきお話をすることからスタートします。多民族の都市国家とあって、上場企業であっても日本でいうところの大企業はほとんどありませんし、経営者が創業者ないしはその一族というケースが多く意思表示が明確でスピーティです。また、歴史的に欧米、中国、インド、アセアン諸国とのつながりが深く、地理的にもオーストラリア、ニュージーランドまでカバーが可能ですので、小さい企業でも国際的にビジネス展開をしています。その一方、日本のビジネス慣習や市場の特性の情報がまだまだ少なく、戸惑ったり、じれったがったりの連続です。
 今回はシルバー・ジュエリーの会社の社長が来日しました。イタリア人のお名前だったので「純粋なイタリアの方ですか?」とお聞きすると、ローマで生まれ、ナポリ、ヴェネツィア、カリフォルニアで教育を受け、シンガポールで起業、もう住んで18年とのことです。事業を日本のみならずイタリア、オーストラリア、マレーシア、インドネシア、ベトナムへ拡大しようとしています。土着根性の強い日本人から見ればローマ帝国やマルコ・ポールの末裔、何と国際人であることか。中には「放浪癖」とやっかむ人もいるかも知れませんが。
 日本人で複数の外国で仕事をしたり住んだ経験のある人は外交官や駐在員のように所属する組織の命を受けて行くケースがほとんどで、海外で起業しそれを他国へ広げようとする日本人は数えるほどしかいません。日本人はもともと「リスクを取ることに弱気」あるいは「保守的で安定を好む」傾向にあるのかも知れません。
 別の観点から私が興味を持ったのはシンガポール国際企業庁という政府機関がイタリアから来た起業家を支援していることです。以前、香港貿易発展局に韓国系のメーカーを紹介していただいた事がありますが「韓国人の企業でも香港に法人があるから遠慮しないでください。喜んでお手伝いします。」と言ってくれました。日本も最近やっと外国からの資本誘致ということで外国企業のためのサービスを強化していますが、それまでは日本に現地法人があろうと日本の政府機関がサポートする対象ではありませんでした。
 シンガポールは75%が中国系、14%がマレー系、 9%がインド系、残りがその他という人口構成になっています。上記のイタリア人経営者は「その他」の組に入りますが、私が契約をしているリサーチ・コンサルタント会社の社長は客家系にマレー系やタイ王室の血がまざっており、2007年 5月31日号「東洋医学の再発見」で触れた漢方薬メーカーは広東人の一族です。日本人でもシンガポールに住み起業している方を何人か知っています。国際都市香港でも95%が漢民族ですからシンガポールはまさに百花繚乱といった感じです。
 このイタリア人も「シンガポールはいろいろな国の人と人脈ができ交通の便も良いので国際的展開する起業にはうってつけ。でもある日突然海外に簡単に出て行ってしまう人も多いから。」とぼやきました。私自身も起業当時はジャカルタで華人である友人とその知人たちとニュー・ビジネスを計画していたのですが、ある日突然知人たちは家族そろってカナダへ移住し、友人のほうもニュージーランドに移住した時の事を思い出しました。彼らは皆現地でセレブな暮らしをしていただけに白人優位の先進国へ行けば困ることも多いと察します。この辺りの決断力と行動力は日本人である限り理解し得ないものがあります。
河口容子
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