[273]5ケ国外相が揃ったメコン地域投資セミナー

 先週号「中国の輸出規制策と日本の中小企業」の文末で触れたメコン地域投資促進セミナーに行って来ました。メコン 5ケ国、カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナムの外相がパネリストとしてそろって登場、歓迎挨拶は高村外相というものです。寒のさなか朝 9時からの開始にもかかわらず大盛況で、たまたま某大手商社の部長と隣り合わせました。私がベトナムに行く機会が多いと話すと「ひとつわからないことがあるのですが、どうしてベトナムは米国に賠償請求をしないんでしょうかね?実に大らかな国民ですね。」「それがベトナムの品格と言いましょうか。プライドでしょうね。第二次大戦中に日本軍にも 200万人犠牲になっていますが、外交上一言も口にしたことがないそうですから。自分たちが悲惨な目にあったのを餌にお金なんかもらいたくないのでしょう。」
 「ところで昨日、日・メコン 6ケ国外相会議があったのにほとんどの全国紙は伝えていないですね。今やアセアン関係ならメコン地域が最大のトピックスなのに。」と部長。このセミナーの前日に日本・ラオス投資協定が署名され、またカンボジアーラオスーベトナム「開発の三角地帯」のプロジェクトに日本アセアン統合資金から約2000万米ドルが使用されることも決まりました。ほとんどの読者の方は何もご存知ないことでしょう。一般メディアが取り上げないからです。2005年の 2国間 ODAの実績は上記 3ケ国合計で約 800億円、原資はもちろん皆様の税金です。
 「最近のメディアは時代を見る目がないというか、売上第一主義に陥っているというか、中国の輸出規制についてだってほとんど何も報じてはいないではないですか?中国のおかげで生き延びた中小企業には大打撃でしょう。」と私。「それは自業自得というものですよ。無手勝手に出て行っただけですから。だまされて損している人も多い中、儲かっただけでも良かったと思うしかないでしょう。」と部長。私自身が大手商社に24年も在籍したのでよくわかるのですが、大手企業は奇妙に政府と似たところがあります。要は体力のない中小企業はそろそろ退場しなさいという事なのでしょう。
 このメコン地域にすでにどのくらいの日系企業が進出しているかというと2006年の統計でタイ 1,294社、ベトナム 604社、ミャンマー58社、ラオス38社、カンボジア35社です。在留邦人数でいうとタイに40,249人、ベトナムに 4,754人、ミャンマーに 605人、ラオスに 442人、カンボジアに 878人。メコン 5ケ国への日本人渡航者数は年間約 189万人です。予想より多いと思われた方が多いのではないでしょうか。
 「拡大」メコン地域には上記 5ケ国に中国の雲南省、広西省も含まれるので西ヨーロッパとほぼ同じ面積に約 3億2300万人の人口がいます。2015年にはこの地域が道路網、通信網、電力網できちんとつながるように計画されています。単に人件費が安いから生産拠点として利用する、というのではなく、市場としてもとらえられる企業、単一国でなく複数国での特徴を生かした展開ができ、その地域にとって感謝され必要とされる企業がこれから勝ち残っていくような気がします。前段で述べた数字からも小規模企業であっても日系企業や在留邦人のためのサービス業は需要があると思われます。
河口容子
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[226]VTICsの魅力

 ひところ、経済界ではBRICs の話題でもちきりでした。BRICs とは経済発展著しい、ブラジル、ロシア、インド、中国の頭文字を取ったもので、最後のsは複数形、もしくは南アフリカをさすと言われています。いずれも大国かつ資源国で、大国主義、つまり数の多さを優位とする考え方を声高に唱えるのは好ましくないことと思っていました。それに、ブラジルは長い移民の歴史があるものの日本からはあまりにも遠く、ロシアとインドは文化的には馴染みがあっても経済面ではいまひとつぴんと来ない日本人が多いのではないでしょうか。
 最近出て来た用語はVTICs、ブラジルとロシアをはずして、ベトナムとタイを入れたアジアの経済発展国をさしています。ベトナムもタイも日本からの投資が多く、観光客も多く訪れているのでこちらは多くの方がイメージしやすいし、大国と小国の長所短所をバランス良く比較できるような気がします。
 タイについては日本の大手企業の投資は一巡しており、電気電子産業、機械・金型産業にターゲットを絞り、これらの産業が集積する日本の地方都市を巡回して投資セミナーが行われています。昨年のクーデター以来の政情不安と通貨の高さ、日系企業どうしの競争もすでに出始めています。
 一方、ベトナムについては昨年安倍首相就任後の第一号国賓がベトナムのズン首相であり「日本はベトナムをアジアの平和と繁栄の戦略的なパートナー」とする声明が出されました。近年、ベトナムにとって日本は大きく、誠実な投資国であり続けましたが、昨年の秋、韓国の高炉メーカーである POSCOが11億ドル強を投じて熱延広幅帯鋼工場を建設する計画を発表し、ベトナムにとり韓国がダントツの投資国になりました。すでに冷延広幅帯鋼工場が建設中で、材料となるスラブはPOSCO がインドに高炉―転炉―連続鋳造設備を作り、そこからベトナムへ供給し、不足するものは韓国から供給というスケールの大きさです。韓国は中小企業のベトナム進出もさかんで、まさに国家ぐるみでベトナムを取りこんでいるかのように見えます。
 タイ、マレーシア、インドネシアの 3国とそれぞれ摩擦を抱えているシンガポールもベトナムに急接近。中国リスクを嫌気した台湾企業もベトナムにシフトを始めています。マレーシア政府機関に勤務する日本人によれば「これではベトナムにすら負けてしまう」と国家をあげての産業政策の見直しがマレーシアではダイナミックに進んでいるそうです。一方、日本は、広東やタイで操業している日系企業をベトナムに誘致するというもので現地でベトナムへの投資セミナーが行われています。2012年までのプロジェクトとしてアジア開発銀行の手ですすめられている拡大メコン川流域諸国のインフラ整備が機能するようになれば、アセアンの貧困国であったカンボジア、ラオス、ミャンマーもうるおうと同時に更に中国、インドへの道も近くなり、VTICsが一斉につながるという訳です。
 日本企業の業績は良いものの、一般庶民には景気拡大感がないと良く言われます。それは空洞化した日本で仕事をし、日本の市場しか見ていないからだと思います。海外に出れば日本企業の活力やそこで働く日本人の姿に感動することもしばしばです。
河口容子