[362]分業か兼業か

 日本の雑貨メーカーのクライアントの社長とは海外出張にも何度かお伴をさせていただきましたし、雑談もよくします。数年前こんな質問を受けました。「デザイナーにも営業をさせるべきだと思う?なかなか行きたがらないのだけれど。」「もちろん行くべきです。私は日本で一流のプロダクト・デザイナーを何人か知っていますが、皆さん異口同音にデザインは芸術ではない、売れて初めて評価されるものとおっしゃっています。また態度も模範的なビジネスマンです。顧客や消費者がどんな商品をほしがっているかは顧客と話さなければわかりません。営業という言い方に抵抗があるなら成約のノルマをつけない、あるいは営業担当者に同行してもらうなど工夫をされてはいかがでしょうか。顧客も商品企画に際して意見を聞いてもらえるのはうれしいはずです。」
 その後どうなっているかというと、デザイナーさんたちは顧客との商談もこなすし、産学協同事業で大学で教えることもあるし、ホームページのメンテナンスをしている方もあるし、香港の工場とやり取りをしながらもの作りもしている方もいらっしゃいます。ご本人たちは忙しくてもこの方が絶対楽しいはずです。なぜなら刺激がなければ良い発想は生まれて来ないからです。私のこのエッセイも前シリーズ「日本がわかる!」から数えて10年目に入りました。これは私が仕事を続けているからこそ、日々、人やもの、場所との出会いがあり、感じることが多いため自然に続いていると思っています。
 逆にこの社長に質問をしたことがあります。「社長は物流に関して考えるのがお嫌いでしょう?」実は私はここの製品を輸出向けに仕入れていたので自社倉庫で商品を管理し出荷する際の問題を実感していました。唖然とする社長に「今後物量がふえれば、物流コストの削減こそ利益につながります。外注されてはどうでしょう?自社倉庫では拡張、増員を強いられます。慣れた社員が急に辞めればガタガタになるリスクもあります。その点、専門業者にお願いすれば季節要因で物量に波があっても安定したサービスを受けられます。」このケースでは物流業者がオンラインシステムまで組んでくれ、売上がどんどん増えても物流に悩むことは一切なくなりました。
 こんな話もあります。私が会社員の頃担当していた米国企業は「良い商品を作れば商品はおのずと売れる」という事で営業担当部署は「注文受付係」として社内では評価されない所でした。「営業をかけるというのは売れないからかけるわけでしょう?私の自宅やオフィスにおそろしいほどセールスの電話がかかって来ますがすべて断ります。だって売れないからセールスをするのであって、売れるものは黙っていても売れるはずです。ほしいものは探しまわってでも買いますから。」「つまり営業担当がたくさんいるのは恥ずかしいってこと?」以後、この会社には営業と名のつく社員は「営業事務」の女性のみとなりました。
 この企業は社員30名ほど、自社でやるべき事に集中し、生産も含め国内外の外注ネットワークを作っています。その中には大手企業から退職した社員までがそれぞれの長所を生かせるように組み込まれています。韓国向けの輸出が売上の 1割を占めるようになりましたが、EU向けの市場調査、ベトナム向け輸出もスタートします。これだけ新しいチャレンジができるのはもちろん利益が出ているせいではありますが、前述のように着々と体制づくりをしてきたからこそできていると感じています。
河口容子
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[300]クリエイターたちの暑い夏(祝 300号) 

今私の仕事場はスポーツウェア、シューズ、バッグのデザイン画であふれています。2008年 6月19日号でふれた中国の某スポーツ用品メーカー主催の日本人若手デザイナーによるコンテストのための作品が集まって来ているからです。各デザイナーたちによるコメント、まとめ役のプロダクト・デザイナーのH先生による講評を英訳する作業があるからです。また、コーディネーターとしての総評も書かねばなりません。
応募者は指名方式で17名、作品点数約 100。社会人の比率が若干多いですが、彼らはそれぞれの職場で仕事をしながら自由時間に創作活動をしてくれ、また学生たちも夏休み前の課題に追われながらの力作ぞろいです。私自身もこうやって毎週エッセイを書いて今回 300回、前シリーズの「日本がわかる!」を入れれば 400本書いたことになります。他に仕事でクライアント企業のブログや公的機関のサイトにコラムを執筆しておりますが、いくら好きで書くのが速いと自負していても重なると孤独な作業だけにかなり消耗してしまいます。幸い私の場合はテーマさえ決まればネタはいくらでもありますが、デザインの場合はまさに産みの苦しみ、 1枚 1枚のスケッチからそれぞれの苦悩や喜びが伝わってきます。
デザインを学ぶ学生たちはとても忙しいそうです。次から次へと課題に追われアルバイトをする暇もないと聞いたことがあります。また、最近産学連携がブームで当初私のプロジェクトも著名な2校に学校ぐるみで対応していただく事をお願いしたのですが、時間が迫っていること、多くの企業からオファーが出ておりすべて応じきれないとの回答を得ました。たまたま私の日本のクライアントが産学連携している関東の大学を紹介してくれデザイン専攻の学生6名全員が参加してくれました。これは2008年7月10日「梅雨の晴れ間のような」で書いたとおりです。
若手デザイナーへ海外で活躍するチャンスを作るのもこのプロジェクトの目的でした。景気の後退、消費不況が続くなか、国内でのデザイナーの需要は減っているのではないか、と危惧したからです。50代のH先生にうかがうと、昔は大手企業を何回か動いて独立というのが王道だったようですが、今は定年までしがみつくしか方法はなく、その就職といっても社内にデザイナーを雇用できる企業は限られています。せっかくデザインを学びながらもデザイン職にはつけないというケースも多いようです。
狭き門であっても好きだからデザインを学ぶ、チャレンジする、若者らしいこういう姿にとても好感が持てます。だんだん、一攫千金、なるべく楽をして儲けよう、手段はどうでもお金を儲ければ偉い、という老若男女が増え事件ばかりおこしてくれる現代だからよけいそう思うのかも知れません。
今後、全作品からメーカー側で10点が絞りこまれ、サンプル制作に入ります。選ばれたデザイナーのプレゼンテーション・ビデオの制作もしなければなりません。すべてのスケッチとサンプルは 9月末に行なわれる中国のメーカーの全国販売代理店会議でファッションショーも交えながら披露されます。もちろん商品化となればデザインが買い取られます。
北京オリンピックで中国にも大きなスポーツ・ブームがやってきそうです。欧米の著名ブランドはすでに日本市場ではなく中国市場に注力しているようです。中国のメーカーも凡庸なデザインで安いだけでは生き残れなくなったのです。さて、私たちはこの中国メーカーを大きく変身させられるのかどうか、日本の若手デザイナーたちの中国市場への登竜門となるのか、自称ビジネス・クリエイターの私も含め、暑い夏が続きます。
河口容子