「今年で起業10年目だってね。早いものだね。あなたは相手の事をよく考えて何でもひとつひとつ積み上げて行くから続いたんだと思う。その点、僕はひとりよがりだったと思う。」と会社員の頃からの知人の S氏が電話をくれました。同氏は機械メーカーに就職して、どうしても MBAの勉強がしたくて退職し大学院に進学、その後流通業を転々としています。また、その間、コンサルタント会社を 2回設立し、 2回とも失敗しています。
実は起業のとき、S氏の失敗経験が参考になると考えました。S氏は非常に頭の良い方ですが、男性としてはかなり依存心の強いタイプです。資本金の一部も友人が出してくれ、会社設立の手続きから経理業務も友人任せでした。おまけに「報酬を払ってください」と言う事ができない性格、頼まれれば何となく仕事を始めて途中で頓挫する、という繰り返しだったようです。
2009年 6月11日号「ビジネス・スキーム その2」で書いたようにビジネスには必ず5W2Hがあるのですが、「これは面白そうだ」と思うだけですぐ暴走してしまう性格のようです。こういう方は結構よくいらっしゃるのですが、何をどこまでやってくれるのか、何ができないのか、非常にわかりにくく、ひとたび熱中してしまうと質問にも答えてくれません。お任せしておけば名人芸で終わらせてくれるなら良いのですが、迷人となり途中で自爆されてはたまったものではありません。
奇しくも同時期に香港のD氏から同じことを言われました。「あなたの一番良い点は相手のために一生懸命に努力を続けることです。」医師が患者の命を預かるほどではなくても、コンサルタントはクライアントの大切な資産や経営者や従業員とその家族の生活を守らなければなりません。うまく行って当たり前の世界です。最初から無理と思うものは堂々とお断りをします。気分を悪くされる方もあるでしょうが、私にとっても自分の仕事をなくしてでも辞めてほしいという気持ちをどうか理解していただきたいといつも思っています。逆に「何でもできます」と言うコンサルタントには要注意です。単にお金目当てか、広く浅くフォローできるだけで専門性に乏しい危険性があります。
先日、日本では久しぶりに「進化する対中ビジネス」というテーマで講演をやらせていただきました。主催者がベンチャー企業グループだったため聴講された方も若い起業家が多く、日本も捨てたものではない、と感じました。ただ同時に「仕事がない」と騒ぐ同年代の方々より起業家たちのほうがはるかに苦労をしているとも思えます。やはり、仕事を創り上げるには経験が必要だからです。何事も体力やアイデアだけでは勝負できません。日本には悪習もたくさんありますが乗り越えられないものと乗り越えられるものの見極め、これも経験によるものです。彼らも失敗を良い経験として積み上げて行ってほしいものです。
「好きこそものの上手なれ」と言いますが、総合商社の仕事も今の仕事も私は好きですが、専門性や方向性については他人の意見のおかげです。幸い私の周辺にはストレートな物言いの方が多く、私の長所や短所を明確に指摘してくれました。特に長所は自分でも気づいていない事も多く、自分の「好き嫌い」だけではここまでさまざまな仕事にチャレンジして来れなかったと感謝をしています。他人の評価があって初めて仕事が成り立つわけですから、今後も冷静に他人の声に耳を傾けていくつもりです。
河口容子
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先週号で中国の小規模投資家はライセンス・ビジネスやフランチャイズ・ビジネスに関心があると書きましたが、理由は簡単です。たとえば今後上場しそうな中国の中小企業に投資したところで同族経営の中でもみくちゃにされるだけ、また上場までにいろいろ改善しなければならない点があまりにも多いからです。一方、先進国からのブランド・ネームやノウハウを借りてビジネスをすれば自由に手っ取り早くビジネスになるからです。彼らにとってビジネスとは日本人が株式や投信を買って運用するのと同じ感覚です。一定の仕事に対するこだわりや社会貢献というような高邁な精神ではなく、空気を読んで判断し、投資をし、利益を得る、それだけの事です。ですからタイミングが重要です。
先進国でライセンサーやフランチャイザーを探さなくてはいけない私は、この話を聞いた時、日本企業はまず無理と判断し、2008年 1月31日号「パリの日本人」に登場する在仏日本人コンサルタント N氏に応援を依頼しました。案の定、資金負担がないとあってフランスをはじめヨーロッパ企業がリストを作成しなければならないほど名乗りをあげてきました。 N氏も「日本は景気が悪い、悪い、と報道されるので欧州企業は誰も見向きもしてくれないだけに中国の話をいただけて本当にうれしい。」と大張りきりです。
実は先日アセアン諸国関係者のカクテル・パーティがあり、「大袈裟な不況報道のおかげでアセアン諸国も日本に関心を持たなくなることが不安」という国際機関の管理職のご意見もありました。実は私の周辺では失業者などどこにも見当たらず、近隣のちょっと高めのレストランや美容室はいつも満員、逆に安かろう悪かろうのお店は撤退して行きます。私の日本のクライアントは未曽有の売上と利益を更新しています。おそらく業界や地域により明暗がくっきり分かれているのではないかと思います。
なぜ上述のように日本企業はだめとさっさと判断したかと言うと、ボトム・アップによる決裁スピードの遅さ、サラリーマン根性による自己保全、排他性と職人気質によるフレキシビリティのなさが新規事業への積極性をはばむからです。また、中国にはすでに製品を輸出していたり、アンテナ・ショップを出していたりするため、急に方向転換ができない、ということもあります。タイミングを逸する条件がこれだけ揃えばアプローチをする気も失せてしまいます。
一方、トップダウンの小型企業やベンチャー企業には有利な時代になったと言えます。大手企業に比べ月給が高いとは思えませんが、社員一人一人が懸命に夜中まで「自分の会社」のように仕事をしている姿は非常にすがすがしく目に映ります。
フランスの N氏は「世界的不況でフランスでは起業する人が増えた」と言います。「雇用条件が悪くなっているから、自分でやるしかないと思い始めた」のだそうです。「日本はサラリーマン至上主義で子どもの頃から独立せよという教育を誰もしませんからね。なかなかフランスのようにはいかないでしょう。」と私。ベトナム人の知人が「ベトナムは社会主義です。日本は会社主義です。」と見事な日本語で私を笑わせてくれたことがありますが、会社に依存できなくなった今、日本は何主義になるのでしょうか。
河口容子
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