[086]商品が先か売り先が先か

 定年後に起業をしたいという人が約半数いるそうです。また、就職できないなら自分でビジネスをと考える若い人や終身雇用の崩壊とともに起業の道を選ぶ中高年の方も少なくはありません。人それぞれの個性があるようにいろいろな職業観、労働観があったほうがいいし、チャレンジ精神を大いに尊敬したいと私は思うのですが、最近、無謀なビジネス観の持ち主を散見します。いずれも輸入に関してですが、今回は商品が先か、売り先が先かというテーマで書かせていただきます。
 総合商社に在籍中は新規商材や新規顧客の開拓をよく担当していましたが、商品がなければ新規顧客にアプローチはかけにくい、見込み客がないのに商品を輸入するのはこれまたリスキーです。少量のサンプルやカタログでまず商談をスタートするのが普通です。売り先もいくつか候補を準備して入念に調査をしておきます。
ところが、初心者の場合はまず商品をしっかり輸入して、それからさあどこへ売ろうかと考える人や商品さえ手当てすれば何とか商売になるだろうという呑気な人もいます。当たり前のことですが、売値と買値の差が利益となるわけですから、何を、いつ、誰から誰へ、どのように、いくらでというバランスを常に頭に入れて行動するがあります。特に輸入の場合は仕入先が海外で文化や商習慣の違うこと、輸送期間、通関、為替リスクなどといろいろな壁があります。ここで力を使い果たしてしまうと、肝心の「売り」のほうがおろそかになりがちです。損益分岐点の計算や過剰在庫処分の方法も考えておくべきです。
 小規模ながら半世紀の歴史を持つ商社の営業部長からこんな電話をいただきました。最近業績が落ち込んでいる、儲かる新しい輸入商品を探してほしい、ただし報酬は出せない、というものです。私はこの人に考え方をアドバイスしました。公共機関やインターネット上であふれる商品情報は一生かかっても探しきれないほどあります。ましてや長い歴史を持つ商社がそんなノウハウを知らないわけがありません。通常、彼らの国内の売先に信用がおけ、また良い関係を保っていれば、新規商品を探すのはさほど難しくないはずです。となれば、問題は新商品がないことではなく、その会社の方針や風土、資金繰り、人材や取引先に問題があるとしか思えません。
 儲かる輸入商品と一口に言われても、これらの状況を全部確認しない限りは的確なアドバイスはできません。日本人は情報にはお金を払いたくないと思う人はたくさんいますが、タダほどおそろしいことはない。この部長がどうせタダだからだとあちこち聞きまわっても誰も親身に考えてくれないばかりか、ガセネタをつかまされることもあるでしょう。逆に話したことをあちこちにばらまかれ「どうもあの会社は危ない」という噂が立つこともあり得ます。そういう話ほど伝達スピードは速く、会社は風聞で倒産することもあるのです。
 この例では商品か売り先かという単純な要素だけでビジネスが成り立っているわけではないということがわかります。いくら良い商品や取引先を持っていても、自分のもつ経営資源に見合ったビジネスができなければ成功は難しいものです。己を知る、問題意識を持つことも大切だと思います。
河口容子