[161]中国生産の落とし穴

 私の会社では香港のビジネス・パートナーと一緒に日本製の消費財を香港・中国本土市場で小売や卸売をするという事業を 3年半近くやっています。もっとも日本製といっても最近は中国で製造されているものが多く、当初は「メイド・イン・ジャパン」にこだわっていたのを最近はジャパン・ブランド、ジャパン・クォリティ」の中国製を対象とするという方針に切り替えつつあります。日本ブランドを製造している中国工場から直接出荷してもらえば、時間もコストも節約できるからです。また、日本の企業にとっても輸入をする場合は発注ロットが大きく、単価は安くても、どうしても一部在庫として残ってしまわざるを得ない、その部分を最初から中国で引き取ってもらえれば、リスクの軽減にもつながります。
 ところが、この提案を取引先にさせていただくと、一致して「総論賛成」、実は「実施不可能」という結果が大変多いのです。理由は、特に中小企業の場合、中国生産といっても自社工場を持っているわけではなく、間に商社などの中間業種が入っているケースがほとんどだからです。工場がどのように運営され、出荷されているのかわからないのです。中には貿易手続きはもちろんのこと、為替リスクや不良品などはすべて中間業種持ち、つまり輸入製品を扱っているとはいえ、輸入に関する知識も一切ない、という企業がたくさんあります。はなはだしきは、この中間業種のご機嫌を損ねると年に一度の工場見学すら連れて行ってもらえないという話も聞きました。
 香港のビジネス・パートナーに言わせれば、こうした中国の契約工場は最低2?3%過剰生産を行ない、中国市場に横流しをして利益を得るのが「常識」だそうです。こうした横流し品あるいは模倣品が、正規品を扱っている香港パートナーのところにまで堂々と売り込まれてくるのが中国の特徴です。「こちらのほうが安いからもっと儲かるのになぜ買わないのか。」といった按配です。あるときは類似品を出しているのは、正規品の欧米向け輸出総代理店となっている日本の総合商社の中国法人だったこともあり、日本人も中国市場をどさくさに紛れて悪利用していることがわかります。中には契約工場がわがもののごとく日本の商標登録をしてしまうケースもあります。
 日本企業としては、コストダウンのために中国製造をきめ、日本市場しか見て来なかったためにまわってきたツケとしか言い様がなく、そろそろ中国市場に進出をと考えたころには、模倣品が氾濫している、商標登録まで他社が持っている、という事態に直面します。低価格の類似品が中国から還流してきて国内市場も失い倒産した企業もあります。
 元の更なる切り上げはあり得る事ですし、中国の人件費も昔ほど安くはありません、「低コスト」だけを手放しで喜べません。また、日本市場も景気復活の兆しが報道されるものの、二極分化により市場構造が変わりつつあります。新たな市場として魅力が出てきた中国を開拓すること、知的所有権を守ることなど攻守のバランス、複眼的思考がこれからの日本企業には必要だと思います。
河口容子
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先日、中国河北省定州市縄油村で起きた土地収用をめぐる暴動の映像がワシントンポスト経由世界で公開されました。発電所建設のための立ち退き料に不服とした農民たちを謎の集団が襲撃したというものです。映像を見て思ったのは「いつの出来事?」と思うくらいのさびれた景色、何と槍のような長い鎌まで武器として使われていることです。上海を始めとする沿岸大都市の高層ビル群や近代的な設備の映像ばかり見慣れた私たちにはその落差に背筋が凍るような衝撃でした。
中国での反日デモについては読者の皆様の記憶にも新しいと思いますし、私も 4月19日号の「反日運動と対中ビジネス」を皮切りに 3週連続で取り上げさせていただきました。実際に中国に住んでいたり、ビジネスをしている日本人にとっては本当にシリアスな問題でした。しかしながら、あの何倍、何十倍もの反政府暴動が特に内陸部で起きていることを耳にしていた私にとっては、いつ、どのようにそのニュースを見ることができるのか興味しんしんでした。ご存知のように中国では報道は統制されていますから、地方で暴動が起きたなどというニュースは絶対公式に報道されません。ところが、ほとんどの人は口コミやインターネットを通じて知っているところが社会主義国のすごさです。
意外と日本人に知らされていないのが、中国の「戸口」と呼ばれる戸籍制度です。まずは現役軍人と一般国民に分かれており、一般国民は都市戸口と農業戸口に分けられます。都市戸口は所属するところ別に、家庭戸、集団戸(機関や学校など)に分かれます。また、この都市と農村は管理が社会保険や治安の維持上、別になされており、日本のように都会で職を見つけた農民が勝手に都会に住みつくことはできないと聞いています。沿岸大都市の工場などで働いている農村出身の人たちは「民工」と呼ばれる、いわば出稼ぎです。よほど特殊な例以外は、契約期間が終わればまた農村へ戻っていかなくてはなりません。
昨年の10月 8日号「ジニ係数に注目」でも述べたように、中国の二極分化も大都市内よりは都市と農村の格差がひどい。それはこの戸籍制度に原因があると思います。上海あたりの高収入の若い女性の消費動向調査を読むとブランド商品を買ったり、ブランドに抱くイメージはほとんど日本女性と変わりません。一方、貴州省の少数民族のひとつであるミャオ族は平均年収7000円で小学校へ行けない子どももたくさんいます。中国の貧しい地域では医者に行けるのは約 1割、疫病が発生したとしても保険衛生の知識がないために感染がどんどん広がる可能性もあります。中国のうつ病患者は2600万人にのぼるとされ、そのうちの約 1割が自殺の可能性があるとのことです。これに賄賂や汚職、中央と地方行政のばらばらさとあいまいさも手伝って、暴動の起きないほうが不思議です。
日本でも放映されている「天龍八部」という中国のテレビドラマがあります。大ヒットしたコミックが原作らしいですが、香港、台湾のスターも出演する北宋時代を背景としたアクションあり、ロマンスありの時代劇です。中でも目を見張るのが雲南省に20億円かけて作ったという街のようなセットです。日本ではもはやこんなにコストをかけたテレビドラマにはお目にかかれません。このドラマと先の暴動の映像が、私にとっては中国の光と影の象徴です。
河口容子