[372]情報の閉鎖性

海外顧客からの依頼で日本市場調査の一環として日本企業にアンケート調査を行う事がたまにあります。経営方針に関する事柄ですのでほとんど回答がない事をわかりつつやらざるを得ない非常に面白くない仕事のひとつです。

なぜ回答がないのか?ある一定の規模の企業なら経営陣が自らアンケート用紙に記入する事はまずないでしょう。そもそも会社組織に他社からのアンケートに答えるための部署などはありませんし、社員がうかつに答えて後々責任問題になるのは嫌だから「触らぬ神にたたりなし」で、さも受け取らなかったかのような顔をするというのが日本式なのでしょう。こういう時、外国人は「アンケート用紙が届いていないのではないか」「担当者が記入し忘れているのではないか」などと真面目に騒ぎますが、「返事をしないのも回答のうち」と私は答えることにしています。

最近の日本企業は消費者からの質問やクレームに応じる窓口はありますが、こうした企業対企業の対応窓口はゼロです。総務部や広報室などに問い合わせても「当社ではご協力できません。」という返事が返って来るのが普通です。仕方ないから役員クラスの知人に窓口を紹介してもらえぬかと電話をすると今度は「社内規程により教えられない」という返事が来ました。圧巻はある百貨店で「購買に関する問い合わせや一方的なカタログの送付はお断りします。」と堂々と文書にしています。確かに山のように問い合わせや廃棄に困るほどカタログが送りつけられ、中にはいかがわしい業者も混ざっている事とは思いますが、積極的に商材を探すという本来業務を封じてまでリスク対策をしなければならないなら売上げは落ちるに決まっています。

海外のリサーチャーたちに聞いてみると、電話でも面談でも快く応じてくれるケースが多いと言います。それもトップ・マネジメント自らが面識のないリサーチャーと会ってくれるそうです。興味があれば会う、都合が悪い事は言わなければ良い、会って話をするには契約をしたのとは違い何の権利も義務も生じないから情報を得るだけ得ではないか、というのがその理由だそうです。

24歳の頃、役員の秘書をしていた事があります。その上司(役員)に「情報を収集するにはまず自分も情報を提供しなさい。そうでなければ相手は話してくれない。ただし機密は絶対しゃべらない事。」と教わりました。また、ある知人は「ビジネスでは究極のところ YesかNoあるいはいついつまで待って、という返事しかない。どんな会社でも 1割くらいの機密はあるでしょうが残りの 9割は正直に話したらいい、嘘をつけばどんどん嘘をつかざるを得なくなり、そのうち収拾がつかなくなる」と言いました。本当にその通りだと思います。

たとえば、ありとあらゆる理由をつけて回答を先延ばしにし、あげくの果てには居留守を使うという例をたくさん見てきましたが、なぜ最初から断らないのでしょうか。お互いに時間が無駄だし、気分も悪いと思うのですが。私は相手がもったいをつけて答えなかったり、嘘をついたりしても、誰からか聞きもしないのに教えてもらえるという不思議な運を持っています。また、普通他人には話さないだろうと思うような事柄を打ち明けられることもありますが、それは信用していただいた証としてどんなに重たくてもありがたく黙って受け止めることにしています。

河口容子

[261]「はったり」をめぐって

 香港のクライアントK氏から「先日の市場調査料については当社の女性スタッフが日本へ日本語の勉強に行く際に持って行かせるのでそれでもよろしいですか?」というメールをもらいました。確かに女性に持参させるには不安なほどの金額ではありませんが、ひょっとして体の良い支払遅延?あるいはその女性スタッフが現金を持ってドロンしたら?まあ、彼女がドロンしたところで契約書がある限り私に対し支払い義務はあるので問題はない。だいいち、K氏は私の香港パートナーとは家族ぐるみで知り合いだし、いざとなればパートナーの弟は弁護士だし、と頭の中でリスクとその対処方法がぐるぐる駆け巡ります。
 彼女は日本語を勉強していたのか?どのくらい日本で勉強するのか?とたずねてみても返事はきません。K氏は日本関連ビジネスをいろいろ計画しているので日本語の話せるスタッフくらいいますよ(ないしは養成できますよ)というはったりをかけているのではないか、とふと思いましたが、いずれ彼女と面会すればわかる話なので楽しみにしていました。
 ところが、彼女が来日するという日から数日たっても何ら連絡がありません。友人の世話になると聞かされていたので生活の心配はしませんでしたが、勉強が大変なのか、遊びに忙しいのか、と来日後 1週間たった頃にメールを入れてみました。2?3時間後に返信があり「こちらから連絡ができずに申し訳ありませんでした。私は 1週間程度日本語を勉強に来ただけです。私には何かとても難しいと感じます。アパートの設備とインターネットが毎日故障して頭が変になりそうな上に、寒くて雨が降ったりお天気が良かったりの繰り返しで体調を崩し静養が必要です。お支払は友人に頼んですぐ振り込んでもらいます。元気になったら連絡をしますのでお目にかかるのを楽しみにしています。」彼女のつたない英語も手伝ってか挫折感がひしひしと伝わって来ました。
 彼女こそ、日本語くらい話せるようになってみせますとはったりをかけてK氏に研修費を出してもらったのではないか?休暇を取り自費で旅行がてらの日本語レッスンならマスターできなくても、天気が悪いくらいで寝込む事はないはずです。はったりがきかなくなった場合は、虚勢を張った、あるいは嘘をついた事になり、面目丸つぶれで、これはかなりこたえるはずです。
 新規顧客の開拓をする時は、はったりがきく事がまず大切です。はったりとは自分の実力以上に相手に思ってもらうことです。すぐ調べればわかるような嘘や大風呂敷とは違うので、はったりとは調べてもわからないようなプラスのポイント、つまり潜在能力や有利なバックグラウンドを持っていることをアピールすることではないかと思います。「カリスマ性」とか「オーラが出ている」というのも一種のはったりと言えるような気がします。ホワイトカラー、特に営業職ではこの「はったり力」がないと業績は上がりません。個人でビジネスをしている人もそうです。
 一方、はったりのきかない人とは 100の能力があるのにいざという時は70とか80の力しか出せない人です。能力があるのになぜか評価が低いという人もそうかも知れません。最近気づいたのですが、女性の場合は虚勢をはったり、見栄で嘘をつく人はたくさんいますが、世渡りにはったりを必要とする人はまだまだ少ない気がします。たまに若い女性と商談をするとあまりにも彼女が無防備で正直なのでこちらが心配になる事があります。
 私自身もキャリアを積み重ねるたびに、どんどん強く賢くはなるものの、多くの女性が持っている純真な反応をなくしていくのが心のどこかでこわかった記憶があります。ここまでくればもう「普通のおばさん」にはなれないという宿命をまっとうするしかありません。
河口容子
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