[261]「はったり」をめぐって

 香港のクライアントK氏から「先日の市場調査料については当社の女性スタッフが日本へ日本語の勉強に行く際に持って行かせるのでそれでもよろしいですか?」というメールをもらいました。確かに女性に持参させるには不安なほどの金額ではありませんが、ひょっとして体の良い支払遅延?あるいはその女性スタッフが現金を持ってドロンしたら?まあ、彼女がドロンしたところで契約書がある限り私に対し支払い義務はあるので問題はない。だいいち、K氏は私の香港パートナーとは家族ぐるみで知り合いだし、いざとなればパートナーの弟は弁護士だし、と頭の中でリスクとその対処方法がぐるぐる駆け巡ります。
 彼女は日本語を勉強していたのか?どのくらい日本で勉強するのか?とたずねてみても返事はきません。K氏は日本関連ビジネスをいろいろ計画しているので日本語の話せるスタッフくらいいますよ(ないしは養成できますよ)というはったりをかけているのではないか、とふと思いましたが、いずれ彼女と面会すればわかる話なので楽しみにしていました。
 ところが、彼女が来日するという日から数日たっても何ら連絡がありません。友人の世話になると聞かされていたので生活の心配はしませんでしたが、勉強が大変なのか、遊びに忙しいのか、と来日後 1週間たった頃にメールを入れてみました。2?3時間後に返信があり「こちらから連絡ができずに申し訳ありませんでした。私は 1週間程度日本語を勉強に来ただけです。私には何かとても難しいと感じます。アパートの設備とインターネットが毎日故障して頭が変になりそうな上に、寒くて雨が降ったりお天気が良かったりの繰り返しで体調を崩し静養が必要です。お支払は友人に頼んですぐ振り込んでもらいます。元気になったら連絡をしますのでお目にかかるのを楽しみにしています。」彼女のつたない英語も手伝ってか挫折感がひしひしと伝わって来ました。
 彼女こそ、日本語くらい話せるようになってみせますとはったりをかけてK氏に研修費を出してもらったのではないか?休暇を取り自費で旅行がてらの日本語レッスンならマスターできなくても、天気が悪いくらいで寝込む事はないはずです。はったりがきかなくなった場合は、虚勢を張った、あるいは嘘をついた事になり、面目丸つぶれで、これはかなりこたえるはずです。
 新規顧客の開拓をする時は、はったりがきく事がまず大切です。はったりとは自分の実力以上に相手に思ってもらうことです。すぐ調べればわかるような嘘や大風呂敷とは違うので、はったりとは調べてもわからないようなプラスのポイント、つまり潜在能力や有利なバックグラウンドを持っていることをアピールすることではないかと思います。「カリスマ性」とか「オーラが出ている」というのも一種のはったりと言えるような気がします。ホワイトカラー、特に営業職ではこの「はったり力」がないと業績は上がりません。個人でビジネスをしている人もそうです。
 一方、はったりのきかない人とは 100の能力があるのにいざという時は70とか80の力しか出せない人です。能力があるのになぜか評価が低いという人もそうかも知れません。最近気づいたのですが、女性の場合は虚勢をはったり、見栄で嘘をつく人はたくさんいますが、世渡りにはったりを必要とする人はまだまだ少ない気がします。たまに若い女性と商談をするとあまりにも彼女が無防備で正直なのでこちらが心配になる事があります。
 私自身もキャリアを積み重ねるたびに、どんどん強く賢くはなるものの、多くの女性が持っている純真な反応をなくしていくのが心のどこかでこわかった記憶があります。ここまでくればもう「普通のおばさん」にはなれないという宿命をまっとうするしかありません。
河口容子
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