先日、中国河北省定州市縄油村で起きた土地収用をめぐる暴動の映像がワシントンポスト経由世界で公開されました。発電所建設のための立ち退き料に不服とした農民たちを謎の集団が襲撃したというものです。映像を見て思ったのは「いつの出来事?」と思うくらいのさびれた景色、何と槍のような長い鎌まで武器として使われていることです。上海を始めとする沿岸大都市の高層ビル群や近代的な設備の映像ばかり見慣れた私たちにはその落差に背筋が凍るような衝撃でした。
中国での反日デモについては読者の皆様の記憶にも新しいと思いますし、私も 4月19日号の「反日運動と対中ビジネス」を皮切りに 3週連続で取り上げさせていただきました。実際に中国に住んでいたり、ビジネスをしている日本人にとっては本当にシリアスな問題でした。しかしながら、あの何倍、何十倍もの反政府暴動が特に内陸部で起きていることを耳にしていた私にとっては、いつ、どのようにそのニュースを見ることができるのか興味しんしんでした。ご存知のように中国では報道は統制されていますから、地方で暴動が起きたなどというニュースは絶対公式に報道されません。ところが、ほとんどの人は口コミやインターネットを通じて知っているところが社会主義国のすごさです。
意外と日本人に知らされていないのが、中国の「戸口」と呼ばれる戸籍制度です。まずは現役軍人と一般国民に分かれており、一般国民は都市戸口と農業戸口に分けられます。都市戸口は所属するところ別に、家庭戸、集団戸(機関や学校など)に分かれます。また、この都市と農村は管理が社会保険や治安の維持上、別になされており、日本のように都会で職を見つけた農民が勝手に都会に住みつくことはできないと聞いています。沿岸大都市の工場などで働いている農村出身の人たちは「民工」と呼ばれる、いわば出稼ぎです。よほど特殊な例以外は、契約期間が終わればまた農村へ戻っていかなくてはなりません。
昨年の10月 8日号「ジニ係数に注目」でも述べたように、中国の二極分化も大都市内よりは都市と農村の格差がひどい。それはこの戸籍制度に原因があると思います。上海あたりの高収入の若い女性の消費動向調査を読むとブランド商品を買ったり、ブランドに抱くイメージはほとんど日本女性と変わりません。一方、貴州省の少数民族のひとつであるミャオ族は平均年収7000円で小学校へ行けない子どももたくさんいます。中国の貧しい地域では医者に行けるのは約 1割、疫病が発生したとしても保険衛生の知識がないために感染がどんどん広がる可能性もあります。中国のうつ病患者は2600万人にのぼるとされ、そのうちの約 1割が自殺の可能性があるとのことです。これに賄賂や汚職、中央と地方行政のばらばらさとあいまいさも手伝って、暴動の起きないほうが不思議です。
日本でも放映されている「天龍八部」という中国のテレビドラマがあります。大ヒットしたコミックが原作らしいですが、香港、台湾のスターも出演する北宋時代を背景としたアクションあり、ロマンスありの時代劇です。中でも目を見張るのが雲南省に20億円かけて作ったという街のようなセットです。日本ではもはやこんなにコストをかけたテレビドラマにはお目にかかれません。このドラマと先の暴動の映像が、私にとっては中国の光と影の象徴です。
河口容子
[139]世界の起業家事情
国際調査機関のグローバルアントレナーシップ・モニターが世界の35の国と地域で「起業率」の調査を行いました。トップはペルーで40.3 %、次にウガンダで31.6 %、第 3位がエクアドルで27.2 %です。私はこれらの国々に行ったことがありませんが、10人のうち 3-4人が自分でビジエスを始めるということは、資本があまりなくても、あるいは特に優れたスキルがなくてもビジネスを開始できる環境にあるか、「雇用される職場」が少ないかのいずれかにあたると思います。
実はこのニュースは香港で話題となりました。香港はもともと「老板(ラオパン)」、個人商店主つまり起業家の伝統のあるところです。ところがこの調査では何とビリから 3番目で3%という数値になりました。香港中文大で学ぶ本土の学生が起業志向が強いのに対し、香港人の学生は大企業に就職したがると言います。広東省深センでの起業率は何と11.6%で米国の11.3%より少し上です。それだけビジネスチャンスがまだまだ本土にはあるということでしょうか。一方、香港には安定した職場がふえているとも言えます。
さて、だんとつビリはやはり日本で1.5%。 100人いれば1人か2人しか起業しないサラリーマン大国です。起業といっても今話題のヒルズ族のようなIT企業から小さな雑貨店や私のような専門職的なサービスの会社まで含めてこの数字しかありません。理由としては、まずはコストが何でも高すぎることです。起業してすぐ大黒字になるケースはまれですから、かなり資金的に余裕がなければ起業ができません。大企業、知名度優先のビジネス社会になっていますから、新規の小さい企業が実力を認めてもらうにはかなりの努力と能力を必要とします。起業するのが偉いとは思いませんが、起業家が少ないと活力や柔軟性に欠ける社会にならざるを得ません。一方、納税者番付けのトップは初めてサラリーマンでした。成果主義の導入を象徴するもので素晴らしいと感じますがこれでますます起業家が減るのではないかと心配もしたりします。
マニラの日本大使館に勤務する日本人女性から聞いた話です。「マニラのホステスたちはお金をためて郷里で雑貨屋をやりたいと必ず言うんです。田舎じゃたいして売れないだろうし、仕入ルートをきちんと確保しているわけでもないから儲かりもしないでしょうに。」ところが、これはマニラのホステスだけの話ではなく、香港人のちょっとお金を持っている人の間でも本土の親戚をたよって本土でお店を持つのが流行っていると聞きます。この話を上海で合弁企業をもつ日本人の男性にしたところ、上海でも故郷でお店を持つのが流行っているとか。日本人でも故郷に錦を飾るという言葉がありますが、私の持つイメージは立身出世して派手な身なりで郷里に帰り御殿のような家を建てるというようなもので、故郷でお店をやりたいと言う話はまず耳にしません。この違いは謎です。
河口容子