[306]ひと目でわかる日本人(河口容子)

 東南アジアの5つ星、4つ星ホテルで日本人ビジネスマンを見分けるのは結構難しいものがあります。5つ星、4つ星クラスに泊まれるアジア人ビジネスマンはもはや衣服も日本人と何ら変わりがありません。しかも東南アジアなら軽装になるのでなおさらです。

 私が見分ける方法は、いくつかあり、まず髪型。他の国の男性は短めで分け目がぴっちりしています。日本人はやや長めでくしゃっとしています。次に歩く姿勢の悪さ。やや猫背でおなかを突き出し、へたへたと歩くのが日本人。ホテルの従業員がコーヒーやお茶を注いでくれても「ありがとう」とも言わず、時には横を向いているようなら完全に日本人と断定します。髪型は好みやご本人に似合うかどうかの問題なので別として、あとのふたつはまったくいただけません。

 そういうあなたはどうなのかと言われそうですが、海外では仕事中の写真を知らない間に撮っていただくことが多く、その中には後ろ姿もあります。後ろには目がありませんのでカメラを意識するどころかカメラの存在も知らないことがほとんどです。幅の広いいかり肩で背中にものさしでも入っているかのような背筋の伸びた私の後ろ姿を見ると、凛々しくて自慢であると同時に意識しなくてもこの姿勢を保持させる緊張感というか意気込みを感じます。

 日本ではレストランで何かを運んできてもらっても軽い会釈や「どうも」と言ってすませることが多く、お金を払っているのだから当たり前と言わんばかりに黙っている人もいます。礼儀正しいとされる日本でどうしてそういうマナーがないのか不思議です。私自身は「どうも」という挨拶は中途半端なのでまず使いません。ありがとうのかわりに「すみません」と言うのも好きではなく堂々と「ありがとうございます」と言うことにしています。お店で買い物をしても、楽しく良い買い物をさせていただきました、という気持ちで「ありがとうございます」と行って帰ります。確かに「ありがとう」はThank You よりも重ったるい感じはするものの、抵抗なく言える人は老若男女を問わず素敵に見えます。

 最近いろいろなセミナーで気づいたのですが、アジア人の講演者の方は演台に立つ前に演台の横で深々とお辞儀をされることが多い。自分も講演をするのでよくわかりますが、演台の前だとマイクもあるし、後ろに何歩か下がらない限りきちんとお辞儀ができません。また、お辞儀というのは全身を見せるところに意義があるような気がしますので、私もアジア人にならい、演台の外でお辞儀をするようにしています。日本人の講演者はたいてい演台の前で首をしゃくったようにお辞儀をするか、慣れすぎている場合は会釈ひとつせず「えー、ただ今ご紹介をいただきました○○でございます。」などとしたり顔で講演を始めるのでその傍若無人さに嫌気がさすこともあります。

 ついでに握手。日本人は手を握って振る人がいますが、相手の手をそっと包むかのように一息止めて握るのが握手。また、握手をしながらお辞儀をするのはマナー違反とも言われますが、米国企業に勤務していた韓国人の本部長は誰に対しても握手をしながら身をかがめるようにお辞儀をしました。そのエレガントなこと、東洋の誇りとまで思ったくらいです。ただし、頭を下げるのは1回のみ、何回もぺこぺこと頭を下げるのは貧相です。また、アジア人どうしはどうしても異性と握手をするのに文化的な抵抗(あるいはイスラム教のように宗教的な禁忌)があることが多く、特に初対面の場合は女性が手をさし出さない限り握手はしないほうがいいような気がします。

 東南アジアの諸国はほとんどが西洋諸国に統治された経験があり、西洋式のマナーが浸透している一方、それぞれの文化も生きています。マナー本に頼るのではなく、ケースバイケース、どうやったら礼を失せず、心が伝わるか、そして美しく見えるか考えて行動することも必要です。

河口容子

誰でもなれる国際人