第80回 悪口

2018年11月13日

こんにちは、永礼盟です。ご購読ありがとうございます。

増岡さんの死が、まだ少し心に響いています。しかし、時は止まる事がありません。まるで何もなかったかのように、当たり前に経過して行きます。残酷な気がしますが、だから人間前に進んで行けるんだと勝手に解釈しています。そんな何事もないような毎日の光景から、利用者同士で悪口を言っているのが聞こえて来ました。それは、午後のティータイムに静かに語り始められ、徐々に大声になって行きました。

「ちょっと、お金とってるんだからさぁそれじゃ駄目じゃない」「本当ね、馬鹿にしているにもほどがあるわよね」。そんな会話が繰り返されています。またホームの悪口を言っているんだと思うと、そうでもないようです。ホームの悪口なら、もっと小声でひそひそと行われるので、すぐに違う話題だと解りました。そうすると、何にそんなに腹を立てているのかが気になりだします。

話の内容は、歌です。キーワードは歌、ピアノ、アカペラ、お金、プロ、そんな所です。話の要所要所に、そのキーワードがちりばめられています。想像力でそのキーワードから話している話題を盗んでみますが、全然見当がつきません。増岡さんのいなくなった席の隣で、何かの悪口が語られている。その話に聞き耳をたてる職員が居る。老人ホームの日常の光景って、こんなかよ? 等と自分を棚に上げて思ってしまいます。

食堂を離れるも、さっきの話題が妙に気になり仕事どころではありません。「何の話題だったんだ…」知りたくて仕方ありません。人間の心理ってやらしいもんですね。きっとたいした話でないのは解るんですが、なぜこう思うのでしょうかね?

意味もなく席にお茶をつぎに行ったりします。「あら、ありがとう」。「それでさ、あたしの所なんて、うんともすんとも言わないのよ。それでもプロかしらね~」 イマイチつかめません。悪口を語っているのは解るんですが、話している内容は全く解りません。でも、直接何を話しているのか聞くのは気が引けるんです。きっと自分は、かなり挙動不振だったと思われ、「永礼さん、どうしたんですか? かなり怪しいですよ」。他の職員からそう言われ、ハッと我に帰りました。

その職員も巻き込んで、この状況を説明します。しかし、その光景に全く興味がないらしく、「永礼さんも、暇ですね」。と呆れられ、見事にふられました。他の職員とツボが違う事に寂しさを覚えつつ、時間は過ぎて行きます。時間にして三時間ぐらいでしょうか、延々と悪口は語られていました。どうしても、自分と同じ気持ちを共有したくなって、同じ気持ちになってくれる職員を捜しました。その状況を説明すると、みんな呆れ顔です。なぜなんだろう? 自分の見る世界に少し自信をなくしそうです。そうこうしていると、リーダーが「何話してるの?」とその話題に入って行きました。それでも聞き耳を立てる自分が居ます。自分の中に、自分の知らない自分が居るような気がします。

悪口の的は、デイサービスでした。合唱の時間があるのだそうですが、その日はピアノを引けるスタッフが居なくて、アカペラで歌わされた事についての悪口でした。リーダーのおかげで、すっきりしました。今考えると、なんで自分も直接聞かなかったのか不思議に思いますが、人の話題で想像力を膨らますって自分のツボだという事に気づいた事が収穫でした。(どんな収穫じゃ….)

しかし、ピアノが弾けないだけで三時間も悪口を言われたのではたまりませんよね。老人ホームに住む方達……今まで最高のサービスを受けてこられた方が殆どです。お金をとるという事にとても執着しておられます。 ヘルパーの資格でデイサービスで働く事が可能です。今の時代、ピアノ一つ弾けないヘルパーは、老人ホームの利用者の悪口の的だと言う事がとても興味深く感じました。私もピアノが弾けません。でもデイサービスで働く事は出来るのです。利用者の、悪口の的にならない距離を探す自分が居るのでした。

2004.11.04

永礼盟