第8回 幻覚その2
こんにちわ。永礼盟です。
幻覚に悩まされる吉川様ですが、ある夜その幻覚は最大限になり、吉川様の睡眠を奪いました。もう何日も寝ておられないようで、部屋には居られないと、車椅子で夜通し徘徊されたようです。その朝、吉川様からお部屋の掃除と、シーツ交換を申しつけられた自分は、シーツを取りに行きます。そこで、後輩スタッフから、吉川様の意識がなくなったことを伝えられます。吉川様に、何が起こったのでしょうか...
状況は、さっきと変わらず、車椅子に座りながらタンスを整理されているようでした。しかし、腕はダランとして、全身の力が抜けてしまったようでした。「吉川さん!吉川さん!何処か具合が悪いですか?」耳元で声かけします。しかし、何の反応もありません。顔色は、真っ青で欠伸をされていました。後輩スタッフは、声かけを続けてくれています。すぐに血圧を測ると、異常値です。
そこへ、ご家族が来られました。その状態を見ても、とても落ち着いておられ、「朝、幻覚が見えると電話があったので、来たんです。今まで寝てないのと、ストレスが限界を超えさせてしまったようですね。」とお話し下さいます。私は、すぐに救急対応するか確認しました。「この状況では、仕方ないですものね。すぐお願いします。」
うちの会社の決まりとしては、まずリーダーに状況報告します。リーダーが、状況を判断し、指示を与えます。今日は、直接ご家族に確認し、リーダーに状況報告後、すぐに救急隊を要請しました。
救急隊員も、血圧を気にしていました。難しい状況のようで、隊員同士で何やら言い合っていました。指定病院がありましたが、意識障害を起こしているので、近くの病院に搬送した方が良いと隊員から言われ、近くの病院に運ばれます。その日は、日曜日。今この時、世の人はどんなことを思い、生きているのだろう?私は、救急車に乗って、1人の人間の命を見守っている。外では、のんびりと日曜日の時間が流れている。そんな、対照的な状況がブルースのような、パンクのような、熱い気持ちにさせました。そして、その気持ちを静かな表情の中に隠しました。
病院に着くと、検査のために入院が必要と診断され、速入院となりました。吉川様は、病院で意識を取り戻し、徐々に元気になられたようです。病院でも、相変わらずミミズのような虫がいたり、女の子が部屋に入ってきたりするようなので、決して我がホームに幽霊がいたりするわけでないと確信しました。夜勤のスタッフは、あれ以来怖がって、仮眠するときに電気が消せないと言っているのが、ちょっと可愛かったです。
しかし本当の恐怖は、吉川様が退院してから始まります。吉川様にとっても、我々スタッフにとっても、それは、予想もしなかった地獄の始まりでした。
2003.04.09
永礼盟