[055]ランゲージ・プロブレム

 インドネシアの自然素材を用いたリビング用品メーカーのオーナーから相談のメールをもらいました。先日のギフトショーでインドネシア政府の貿易機関のコーナーに出展していた企業です。昨年、今年とインドネシア出張の際お世話になった貿易機関の管理職がミッションリーダーで来日しているため、挨拶に行った帰りのことです。彼のブースの日本語の表示が間違っていたのに気づき、訂正してあげたことから知りあいになりました。
 彼いわく、ブースに訪れてくれたお客さんにお礼のメールを出したところ何の反応もない、会場では「日本語さえできれば商売をしてもいい」というような事を言った人が何人かおり、日本語のできるインドネシア人を現地と日本で探したが代理店をやってもいいと言う人が見つからないのでどうしたら良いかと。彼はうまく行かないのは言葉の問題、つまりランゲージ・プロブレムだと思いこんでいるようです。私は言葉だけの問題ではない、と返事をしました。
 まず彼の会社は会場で十分にカタログを用意していませんでした。日本の来場者というのは会場で真剣に商談をして発注していくことはまずありません。だいたいカタログをもらい、質問があればして、会社に帰って情報を整理してから引合に入ります。また、もともと情報収集だけが目的で、バイヤーのふりをしている場合もあります。日本人側からしてみれば、たくさんまわったうちの聞きなれない1社が英語で礼状をくれたところで、カタログももらっていなければ何の会社だったか思い出すことすらないかも知れません。


 彼のブースでは片言の日本語がわかるインドネシア人が雇われていましたが、とても来場者のニーズやコメントを聞きだすほどの日本語力はないし、また日本の企業や商慣習についても、貿易についても知識がないと思われました。 4日間、よくわけのわからないまま日本の企業の名刺を集めただけです。この名刺を頼りに片っ端から売り込みに精を出したところで、来場者は個人規模の小売業者もかなりの割合を占めるため、輸出する際の最低取引数量を買えない所もあるだろう、条件が合わないのものを言語が通じたところで解決はできないので、市場調査や日本の業界を研究したうえの戦略が必要であると私は説明しました。
 外国のビジネスマンは「日本市場へ売り込むのはむずかしい」「日本人は品質にうるさい」と思う一方、「通関統計上こんなに大きな市場だから売れないわけはない。」「日本人は金持ちだから客さえつかまえれば買えるだろう」などとソロバンをはじき、言葉さえ何とかなればビジネスはできると思いがちです。日本における商社金融、問屋の在庫・配送機能、約束手形での決済、委託販売や消化仕入の話などをするとたいがいの外国人はもうびっくりです。
 私の在籍した総合商社には自己評価制度というのがありました。チェックポイントに従い自分の能力を5段階で評価し、その結果につき上司と話あうというものです。その中に「英語でビジネスができるか」という項目がありました。総合商社の総合職にしてそんな語学レベルか、と思われる方もあるでしょうが、私自身はなかなか深い意味を持つ質問だと思ってきました。単なる売買やクレーム処理だけでなく、英語でマーケティングができる、英語で契約の法的な交渉ができる、英語で日本の関税法や会計制度の説明ができる、英語で海外のスタッフに指導をしたり管理ができる、もちろんまだまだ完璧とは言えませんが、このレベルになって初めて一番いい評価を自分に与えました。
 語学は単なるツールにすぎません。ところが外国人であろうが、日本人であろうが、語学力そのものが問題だと錯覚している人がたくさんいます。必要とする知識や経験、一歩踏み込んだ調査や研究、そして配慮が足らないのを、語学力不足と言い訳をしてはいませんか?
河口容子