[123]カントリー・リスク

 今年の 4月で私も貿易生活30年目を迎えます。最近痛感するのは途上国とのビジネスが身近になったことです。昔は、途上国とのビジネスは総合商社や専門商社がその国の権力者や豪商と特定のパイプを持って行なうことがほとんどでしたが、通信手段の発達により、今は誰でも途上国からの引合を手に入れることができます。途上国ほど外貨を稼ぐために熱心に商品を売ろうとしますし、価格的にも魅力があるものが少なくありません。逆に物不足で買いたいという引合もたくさんあり、新規市場を開拓したい企業にとっては「ひょっとして」という期待も抱かせます。
 あるメーカーの責任者からこんな話を聞きました。ある途上国の役所からこのメーカーの製品をほしいという依頼があり、約 1年にわたり何度もサンプルを送りました。テストの結果が良かったので買いたいが予算がつかない、予算がついたとしても L/C(貿易決済に使う銀行保証の信用状)は現地の銀行の信用が低いため日本の銀行では買い取り(現金化)できないと言われたというものです。この責任者は、途上国のためにもなると思って始めたのに時間とサンプルの無駄であり、詐欺にあったようなものだ、だいたい話を持ってきた小さい専門商社を信じたのがいけなかったなどとあちこちに当り散らしていました。


 この買い先が役所の名をかたった詐欺師でない限り、このメーカーの責任者がカントリー・リスク(非常危機)を認識していれば、こんなことは起こらなかったに違いありません。途上国では、政治的あるいは経済基盤が安定していないため、当事者に責任のない不可抗力的なリスクが発生することがあります。たとえば、戦争、内乱、革命などによる輸出入の禁止、関税の引き上げ、ストライキの発生、為替取引の制限や禁止による外為送金の遅延などです。カントリー・リスクを回避するには貿易保険制度を利用する方法もありますし、現地に行ってみる、その国と取引している企業に聞いてみる、など事前に研究をする事はいくつもあったはずです。簡単に儲かる商売などどこにもないのが普通で、サンプルを言われるままに送り続けて大口商談がまとまった話などどこにもありません。
 さて、世界最大の再保険会社が出した世界で最も自然災害の被害が大きい大都市は東京・横浜圏だとのことで、火山噴火、地震、台風、津波、洪水の危険が極めて高く、大地震の際は数十万人が犠牲になり、経済的損失は数兆ドルで世界経済への影響も大きいということです。このリスク指数は 710で第 2位のサンフランシスコ 167に比べて堂々たる数字です。幸い、日本は政治、経済面ではカントリー・リスクは高くありませんが、自然災害という観点からは高リスク国です。ふだん快適な生活を送っているだけに「もし、自然災害が起きたら」という発想はなかなかしにくいものですが、個人の生活のみならず、ビジネスにも打撃を与える事を忘れないようにしたいものです。
河口容子