[239]東洋医学の再発見

 先日慢性胆嚢炎による胆石症のため胆嚢の摘出手術を受けました。腹部の手術は2度目で不安もまったくありませんでしたが、3年も両目を患っている77歳の母をひとり家に残す事だけがとても気がかりでした。元気印と医師にすら誤解されがちな私ですが、生まれたときから身体が丈夫ではありません。風邪は冬中ひいているし、原因不明の高熱をよく出しました。幼稚園は徒歩で遠かったせいもあり半分位休み、小学校も1年にして出席日数が足らずあやうく落第するところでした。以後、39度以上にならなければ休まないことにしました。
 10歳の時に健康自慢だった父がガンで急逝、母のためにも医療費の確保のためにも仕事だけは続けなければいけない、そしてその中で他人に貢献できる何かがあればそれを自分の生まれてきた意義としようと思いました。おかげで気の強さだけは身体の弱さを補って余りあるものがあります。会社員の頃は「夜討ち朝駆け」、起業してからも朝の5時まで仕事をする事がたまにありますが、熱にうなされる夜や痛みで眠れない夜に比べれば何と幸福なのだろうと感謝の気持ちでいっぱいになります。
 シンガポールのクライアントに 120年以上の歴史を持つ漢方薬や漢方サプリのメーカーがあります。シンガポールの上場企業ですが、売上の太宗は香港市場です。彼らは薬を製造するのみならず、漢方クリニックも経営しています。漢方クリニックとは国家資格を持つ漢方医が診断をしてくれ、鍼なども含めた東洋医学を駆使して治療を行なうものです。漢方薬にしても個々人の体質や症状にあわせたオリジナルの処方がなされています。
 もともとシンガポールや香港では、治療に西洋医学と東洋医学の選択肢があります。もちろん折衷することも可能です。たとえばガンの治療なら日本では対症療法の西洋医学一辺倒ですが、ある香港人によると「日本で手術しても治らないガンが漢方で治った」そうです。真偽のほどは定かではありませんが、患者にとって選択肢がふえる事は精神的にも救われるような気がします。
 最近日本でも「未病」と言って決まった病名のつかない身体の不調、つまり不定愁訴のための外来を持つ病院が増えつつあり、健康保険で漢方薬が処方されたりしています。そういう意味では体質を改善して大病を予防するという東洋医学が世界的に見直されているのかも知れません。
 長年東南アジアを往来しているビジネスマンの中には西洋医学では手の施しようがない病気になる方がたまにいらっしゃいます。そういう方々は口々に現地の民間療法のハーブなどで一命を取り留めたとおっしゃいます。私もデング熱が発生している時に出張をしたことが何回かありますが、主治医からは日本で発病しても医師がデング熱と診断できないのでまず助からない、インドネシアであっても大都市の病院ならまず大丈夫、と言われ、餅は餅屋と強く思ったことがあります。
 医食同源という言葉がありますが、中国系の社会では素材の特性について非常にナーバスです。たとえばカニは身体を冷やすのでカニを食べたら必ず身体を温めるジンジャーティーを飲む、というようなことです。また、おやつにはミネラル豊富やナッツやドライフルーツが好まれます。韓国料理でも「五味五色」といった栄養バランスの考え方があります。日本料理はそういうこだわりがないのに「世界に冠たる健康食」です。もともと食材が豊かで野菜を使った料理が多く、こだわらなくてもバランスが取れているのかも知れません。
 母の病気中にずいぶん料理の腕を上げましたが、今度の自分の入院で消化器系の病人食についてもいろいろヒントをもらいました。次は逆流性食道炎の完治まであとひとふんばりです。
河口容子

[237]さまよえる日本人

 ブルネイの首都バンダルスリブガワンで開催された日本・アセアン諸国経済相会議で日本と東南アジア諸国連合が EPA(経済連携協定)を締結することで大枠合意に達しました。日本側は品目数および輸入額の 92%の関税撤廃を10年以内に行う一方、アセアン側は先行加盟 6ケ国(シンガポール、インドネシア、タイ、ブルネイ、フィリピン、マレーシア)が関税撤廃 90%を10年以内に、後発加盟 4ケ国(ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー)が 90%撤廃を目ざすものの時期などは今後調整するという内容です。
 アセアンとの FTA(自由貿易協定)で中国や韓国に遅れをとった日本が詳細は積み残したまま異例のスピードで大枠合意に踏みきったとも言えます。このエッセイでも何度か取り上げおり、私自身は東アジアの安定や安全保障面でも早く推進すべきという考えを持っていましたが、「日本の農業分野の開放がネックとなり難航するであろう。また、多様性の宝庫ともいえるアセアン10ケ国の足並みがそろうかどうか。」という声を政府機関筋などからずっと聞かされていました。中国以外の東アジアの国々にとっては「中国とは仲良くしたほうが利益につながるが反面脅威」であり経済大国日本と手をつないで保険をかけるという発想を各国がすると信じていました。ちなみに日本が地域連合体と EPAを締結するのはこれが初めてです。
 一般の日本人にとってアセアン諸国の全体像はイメージしにくいかも知れません。加盟10ケ国の国名を地図できちんと指せる人も少ないでしょう。アセアン10ケ国の合計面積は約430km2で中国の半分です。人口合計は 544百万人でEUより 9千万人ほど多く、ひとりあたり GDPは中国より上です。輸出と輸入を足した貿易額も中国と遜色ありません。特に日本との関係でいえば対アセアン諸国への輸出取引額は中国とほぼ同じで特に輸送用機器が多く、輸入総額では中国の67%の規模ですがLNGやLPG、木材、非鉄金属鉱、半導体電子部品の分野が強いのが特徴です。
 ひとつだけ危惧することがあります。この EPAは企業間格差を増大させるのではないかということです。アセアンは中国が台頭する前から日本の大手企業にとっては生産地であり、市場でもありました。また、公用語が英語の国も多く、ほとんどが欧米の植民地支配を受けた経験があり、欧米のビジネス感覚がそのまま適用できます。私も総合商社に24年勤務していましたが、アセアン諸国とビジネスするのは中国ほど難しくはありません。
 ところが、国際ビジネスの経験がない企業ほど中国からビジネスをスタートしています。近くて便利ということもありますが、こちらが日本語しか話せなくても相手が日本語を話してくれたり、現地で通訳を調達したりするのも難しくはありません。「何でもあり」のお国柄ゆえ、国際ビジネスルールを知らなくても何とかビジネスができたケースも多いと思います。もちろん騙される人も続出してはいますが、儲かることなら何でもやってくれます。下心があると言えばそれまでですが、サービスが良いと言えなくもありません。ところがアセアンはそうはいきませんし、大手企業や専門商社などが長い経験やノウハウ、人脈をすでに持っています。中国より「遠い」ということはコストも時間もかかかる上に日本の商社にお世話になるようではメリットがありません。特に労働集約型産業で中国に依存している企業にとっては国策もありモノづくりの場を求めて正念場がやって来るに違いありません。
河口容子
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