[237]さまよえる日本人

 ブルネイの首都バンダルスリブガワンで開催された日本・アセアン諸国経済相会議で日本と東南アジア諸国連合が EPA(経済連携協定)を締結することで大枠合意に達しました。日本側は品目数および輸入額の 92%の関税撤廃を10年以内に行う一方、アセアン側は先行加盟 6ケ国(シンガポール、インドネシア、タイ、ブルネイ、フィリピン、マレーシア)が関税撤廃 90%を10年以内に、後発加盟 4ケ国(ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー)が 90%撤廃を目ざすものの時期などは今後調整するという内容です。
 アセアンとの FTA(自由貿易協定)で中国や韓国に遅れをとった日本が詳細は積み残したまま異例のスピードで大枠合意に踏みきったとも言えます。このエッセイでも何度か取り上げおり、私自身は東アジアの安定や安全保障面でも早く推進すべきという考えを持っていましたが、「日本の農業分野の開放がネックとなり難航するであろう。また、多様性の宝庫ともいえるアセアン10ケ国の足並みがそろうかどうか。」という声を政府機関筋などからずっと聞かされていました。中国以外の東アジアの国々にとっては「中国とは仲良くしたほうが利益につながるが反面脅威」であり経済大国日本と手をつないで保険をかけるという発想を各国がすると信じていました。ちなみに日本が地域連合体と EPAを締結するのはこれが初めてです。
 一般の日本人にとってアセアン諸国の全体像はイメージしにくいかも知れません。加盟10ケ国の国名を地図できちんと指せる人も少ないでしょう。アセアン10ケ国の合計面積は約430km2で中国の半分です。人口合計は 544百万人でEUより 9千万人ほど多く、ひとりあたり GDPは中国より上です。輸出と輸入を足した貿易額も中国と遜色ありません。特に日本との関係でいえば対アセアン諸国への輸出取引額は中国とほぼ同じで特に輸送用機器が多く、輸入総額では中国の67%の規模ですがLNGやLPG、木材、非鉄金属鉱、半導体電子部品の分野が強いのが特徴です。
 ひとつだけ危惧することがあります。この EPAは企業間格差を増大させるのではないかということです。アセアンは中国が台頭する前から日本の大手企業にとっては生産地であり、市場でもありました。また、公用語が英語の国も多く、ほとんどが欧米の植民地支配を受けた経験があり、欧米のビジネス感覚がそのまま適用できます。私も総合商社に24年勤務していましたが、アセアン諸国とビジネスするのは中国ほど難しくはありません。
 ところが、国際ビジネスの経験がない企業ほど中国からビジネスをスタートしています。近くて便利ということもありますが、こちらが日本語しか話せなくても相手が日本語を話してくれたり、現地で通訳を調達したりするのも難しくはありません。「何でもあり」のお国柄ゆえ、国際ビジネスルールを知らなくても何とかビジネスができたケースも多いと思います。もちろん騙される人も続出してはいますが、儲かることなら何でもやってくれます。下心があると言えばそれまでですが、サービスが良いと言えなくもありません。ところがアセアンはそうはいきませんし、大手企業や専門商社などが長い経験やノウハウ、人脈をすでに持っています。中国より「遠い」ということはコストも時間もかかかる上に日本の商社にお世話になるようではメリットがありません。特に労働集約型産業で中国に依存している企業にとっては国策もありモノづくりの場を求めて正念場がやって来るに違いありません。
河口容子
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