「他人のやっている仕事は簡単に思え、いざ自分がやったら大変なのでびっくりする、ないしは自信喪失になる」というケースは会社員の頃、自分の部下や後輩でずいぶん見てきました。たまに「テレビで○○の成功例を見たのですが、あのくらいの仕事なら私にもできそうと思いました。何から始めたらいいのかわからないので手伝ってください。」という起業希望者から依頼を受けることがあります。何から始めたらいいかもわからず、見ず知らずの人に聞きまわるレベルでどうして自分にできると思えるのか私にはまったく不思議です。
私の引き受けたシンガポールからのリサーチの仕事には、実は前任者がふたりもいたのです。最初は日本人女性ですが、「就職することになったのでもう継続ができない」と途中で放棄してしまいました。完全な契約違反です。次に引き受けた人は起業したての若い男性ですが、「最初聞いた話と違いやったらとんでもなく時間がかかるのでこんな金額では仕事ができない。」と何日も仕事を放棄したままごねまくったそうです。
仕事の内容としては、英文の質問状を日本語に翻訳し、もらった企業リストに従い回答の依頼をし、日々の進捗状況を英語で報告、回収した回答を英訳して提出するだけです。私が引き継いだ段階では、質問状の日本語訳はできていましたが、日本語として明らかに不自然、かつ専門用語が正確に訳されておらず、その意味がわからないのをごまかすためにか無理やり質問を新たに作りあげてしまったものもあり、しばらく笑いをこらえることができませんでした。回答してもらうのは日本を代表するトップ企業です。「このまま出したら、馬鹿にされるだけだから訂正します」とシンガポールに伝え、本来の仕事外であった質問状の翻訳の見直しからのスタートです。
こんな仕事ぶりでは、記録に残っている進捗状況も怪しいと思い調べたところ、ほとんどでたらめです。更にこの企業のホームページを検索すると、こんな調査を進行中と堂々と発表しているではありませんか。これも契約の機密保持の条項の完全違反です。起業したてなので実績がなく、このホームページに載せるネタがほしくて仕事を引き受けたとしか思えません。これをまたシンガポールに知らせ、この人を紹介した機関も含め制裁措置を取ることにしました。この企業は子どものような嘘の言い訳と罵詈雑言のメールで抵抗しましたが、関係者の連携でいともあざやかに適切な処理がなされました。
こんな騒動の末、やっと本来の仕事に着手することができました。進捗状況表は膨大な量のエクセル形式になっており、もちろんすべて英語です。ふだん英語で仕事をしていない人なら、まずはこの表を和訳し、それに基き作業を行い、日本語でメモを取り、英訳の原稿を作り、インプットという手順でやるはずです。簡単に引き受けたものの、多分上記のおふたりは途中で自分の手には負えない判断したのでしょう。幸い、私の場合は英語で仕事をするのには慣れていますし、エクセルを駆使する得意先が多かったので想像したより楽で申し訳ないと思い、毎日の進捗状況報告をする際に日本の企業文化などもに教えるようになりました。シンガポールから感謝の言葉が毎日返ってきて、報酬まで増やしてくれました。
このシンガポール人にとっても「日本人はいい加減」というイメージは払拭されたようで、早くも日本にオフィスを置く際にはその代表になってほしいというオファーをいただきました。いい加減な日本人と比較され評価してもらえたのは私にとって幸運でもありますが、同じ日本人としてこういう人たちが真面目に仕事をしている外国人たちに迷惑をかけていることを思うと非常に残念に思えてなりません。「勤勉」「誠実」といった日本人の良さも国際化とともになくなってしまったのかも知れません。
河口容子
[168]私のIP電話元年
前号の「ノー」から生まれたプレゼントの仕事は毎日報告や相談をしながら進めなければいけないので、先方のすすめもあり、あるIP電話にチャレンジしました。これはソフトウェアも無料で、世界で広く使われているものです。この導入により相手も同じソフトウェアをインストールし、マイクとスピーカーがパソコンについていればどこにいようとも無料で会話ができるのです。
パソコンに向かって話をするというIP電話のイメージは私の年代ではとても正気の沙汰とは思えず、とはいえヘッドセットを使うのは電話のオペレーターのように始終電話をしている訳でもないので、かえって不便そうという訳で携帯電話型のキットを購入しました。これなら抵抗なく電話の感覚で使えます。
昔より国際通話料は安くなったとはいえ、頻繁に電話をしていてはコストがかさみます。でも、緊急の場合やちょっと確認だけしたい、というような場合にはメールより電話のほうが威力を発揮します。
実はこのIP電話は香港のビジネスパートナーにも以前すすめられたことがあります。ただそんなに電話をする必要性もなく、相手が電話魔ゆえ無料になったらどんなに電話攻撃を受けるかわからない、何しろ夜2時(こちらは3時)まで仕事をしているのでたまったものではありません。案の定、IDを教え、テストが済んだら再度連絡をしますとメールしたにも係らず即アクセスがありました。それは無視して、テストを終え、「テストが終わりましたから、お電話でも電話会議でも大歓迎です。私が都合のいいときなら。」と電話したところ「昼間のほうがすいているから夜は電話しないほうがいいよ。」とアドバイスをしてくれました。次は先方からチャットを仕掛けて来ました。「電話をするときはまずチャットで呼び出すから」さて、チャットはどうやって返事をしたらいいのか、マニュアルを切読まないで使い始める私は大慌てで画面をきょろきょろ。「ごめんなさい。お返事が遅れて。」「気にしないで。単にテストだから。ところでマイクはあるの?」
書状や FAXに比べ、電子メールの文体は少しくだけて書くことも可能でちょうど電話で話すのとの中間の感覚がありましたが、チャットは文字での会話、きわめて話す感覚に近いものです。日本人には英語を聞いたり話したりは苦手でも読み書きは何とかという人も多いのでおすすめします。
翌日は香港のスタッフが私のIDをコンタクト先に登録したという表示が出たので、すぐ彼に電話をしてみました。しばらくしてチャットで返ってきて「すみません。このパソコンにはマイクがついていないので。」「ただテストしただけよ。」「ちゃんと電話がかかってきた表示が出ていますので大丈夫です。どうか良いお年を。」「ありがとう。新年好!(中国語で良い新年でありますようにの意)」「新年好ってどうやって入力するんですか?ピンイン(中国語音をアルファベットで表示した発音記号)で入れるんですか?」「日本語で入れたの。」顔文字がにこにこ笑っている返事です。若者になった気分で、すっかりチャットを楽しんでしまいました。
ところが「ただほどおそろしいものはない」部分もあります。見ず知らずの男性が世界中から(なぜか日本人はゼロ)たくさんアクセスしてきます。このシステムではユーザーとそのプロフィールを検索することができるのですが、私の場合は名前、国、都市、性別だけ公開していますのでおそらく若くてかわいい日本女性と勝手に想像するのでしょう。こんなときはいつも「残念でした!」とばかり拒否ボタンをクリックします。
ひとつだけ気になるのは、日本の知人友人、取引先で海外と取引をしている人が多いにもかかわらず、このIP電話を使ったら?という話を一切聞かなかったことです。香港やシンガポールのビジネスパートナーのおかげで2006年は私のIP電話元年となりました。
河口容子