[073]客観視のススメ

 確か起業して 1-2年目のことだったと思います。どうして私のメールアドレスを知ったのかわかりませんが、大手総合商社の北京駐在員を辞め、現地で起業された方から相談のメールをいただきました。私の在職していた総合商社ではないのでお顔もお名前も存じ上げない方です。「起業してから半年になるものの、1件も仕事が来ない、現地の人も雇ってしまったし、この先不安である、通訳や翻訳の仕事ならあるだろうが、自分はそんな事をするために起業をしたのではない。」という内容だったと思います。
 大企業の社員にとって「去る者は日々に疎し」。よほど親しい人でない限り、辞めた直後は覚えてくれているものの、日々の仕事に追われ、そのうち在職していた事すら忘れられてしまうのが普通です。大企業にいれば嫌でも仕事は降ってきます。一方、できたばかりの企業では知名度も実績もなく、最初から商権を持っていない限り、じっとしていて仕事をもらえるわけがありません。
 私はまず、会社を維持するのに毎月どのくらいの経費がかかるのか計算し、まずそれを稼ぎ出す方法を考えるようアドバイスをしました。通訳や翻訳の仕事は起業の目的ではなくても、顧客のニーズやトレンドを探すチャンスであり、本来の仕事への足がかりであり、また自分の会社をPRする機会になるかも知れないと私は言いました。ものは考えようです。

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[066]人生は「出会い」

 私が会社員になって初めての1977年のお正月、新年の挨拶で本部長に言われたことを今でも忘れません。「1年たってその前の1年にくらべ何か新しくできるようになった事がいくつあるか言えるように毎日を送りなさい。」当時その本部長は50歳のなかば近く、眠る暇もないほど忙しい人であっただけに、指を折りながら新しくできるようになった事を話す本部長に「さすが出世をする人は違う」と尊敬と驚きを覚えました。
 24年の会社員生活で「仕事がつまらないから辞めたい」と思ったことは幸い一度もありませんでした。後年気づいたのですが、何にでも興味が持てる性格のおかげでしょう。簿記の概念のなかった私は伝票もよくわかりませんでした。これはきっと「学べ」というめぐり合わせだと思い、通信教育で勉強し商業簿記2 級まで何とか取りました。入社したときは船舶を輸出する部署に配属されましたので、同期の男性が上司にもらった船舶工学の本をこっそりコピーさせてもらい暇さえあればその本をながめていました。そのうち造船工学専攻の先輩が図を描いて教えてくれたりするようになり、たちまち新造船の英文契約書をチェックするのは私の仕事になってしまいました。契約書の中に船の仕様が入るからです。事情があって私しか営業に行けない案件があり、上司や先輩に教えてもらいながら、1 年近くかかって海洋構造物で12億円の契約ができたということもありました。バイヤーはレバノン在住のギリシア人、向け地はサウジアラビアでしたが、大学を出たての女性がよくそんな荒業ができたものだと未だに不思議です。人や案件とのめぐり合わせの力に他なりません。

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