[054]経済格差

 取引先の役員で毎年フィリピンにゴルフに行くのを楽しみにしておられる方がありました。時には奥様も同行されます。もちろん料金が安く、キャディさんがギャラリーのごとくいっぱいで、日傘をさしかけてくれる人、冷たい水の入った水差しをお盆に持ってついて来る人、汗をぬぐってくれる人と至れり尽くせりのサービスのようです。「日本ではこんな贅沢はもうできないのだから、途上国は気分がいい。」という発言に、世界各地の途上国でいくつも工場を立ち上げ、現場で指揮をしてきた経験の持ち主にしてこんな発想なのかとかなりがっかりしました。それを悟られ「少しのお金で豪遊できてどこが悪いのか、彼らだってお金がもらえなかったらもっと貧乏になるのだ」とまで言われました。確かにおっしゃるのは事実で、それがひどく悲しかったのを今でも忘れません。
 日本人の多くは途上国に行くと、つい日本の物価と比較して「タダみたいに安い」と欣喜雀躍、ついついお金をばらまきます。しかし、冷静に考えると現地の人からみればとんでもなく高いものだったりします。インドネシアや中国の高級レストランで 3-4人で食事をすれば日本よりははるかに安くても、現地の工場労働者の 1ヶ月分の給料の金額だったりします。五つ星のホテルにしても東京のホテル代と部屋の狭さから考えると嘘みたいですが、現地に暮らす普通の人はそんな所に泊まるなんて想像もしたことがないでしょう。日本人からみればつかの間とはいえ、極楽ですが、経済格差というマジックの上に乗っかっただけの話で何も自分が偉いわけではありません。日本ではごくごく普通、途上国に来たとたんいきなり大金持ちと錯覚して横暴に振舞う日本人たちの姿は現地の人にはどのように写っているのでしょうか。

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[049]名へのこだわり

 昨年の12月13日号「性別にご用心」で、兄弟姉妹と上下性別をきちんと呼びわける日本で、なぜ人を呼ぶ時に、Mr.やMs.と言った性別の呼びわけがないのか不思議に思う、と書きました。日本では男女の区別より、姓そのもの、つまりどこの家(集団)に属しているかの方が重要視される社会なのでしょう。身内、親しい友人以外は通常どこでも姓を呼びあう習慣もそうです。一歩、外に出ればその家(集団)の代表として識別されるわけです。
 よく外国人の名刺をもらうと3つも4つも名前が並んでいることがあります。キリスト教徒で洗礼名を持っている人はどうしてもひとつふえますが、ヒラリー・ロッダム・クリントンのように旧姓をミドルネームに持ってくる人もいます。用はルールがない、自分のこだわりで名前をつけているとしか思えません。日本人のように戸籍法にのっとって姓と名とにきちんと分かれ、勝手にはまず変えられない国の人間から見ると、良いか悪いかというよりも感覚そのものが理解できない気がします。
 私の知人で「なんで香港人は西洋人みたいな名前をつけるのか?顔みたらどうみても中国人なのにおかしい。」と言った人がいます。確かに香港人のファーストネームはジェームズやイサベラのように西洋人めいた人がほとんどですが、あれは単なるニックネームだそうです。正式には中国人としての姓(たいてい1文字です)と名(たいてい2文字)を持っています。ただし、名刺を見るとたいてい英文ではニックネームと姓の組み合わせ、漢字では正式な姓名とまさにダブルネームです。確かに英国の支配下にあった地域ですが、まだまだ日本人らしい名前にこだわり続ける日本人からすると抵抗があることは確かです。経済の自由化のすすんだ中国本土でも大都市の若い世代はこのダブルネームが定着しつつあります。

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