[104]ブルネイ密かに人気上昇中

 読者の方がたは 8月末にブルネイにロケをした90分のTV番組をご覧になったでしょうか。ブルネイで移動式の寿司屋を開き、ブルネイ人好みの食材を調達するために出演者がブルネイから隣のマレーシアまで駆け巡り、観光スポットも見せ、最後には国王の誕生日だけ解放される世界一の王宮「イスタナ・ヌルル・イマン」の中までカメラは入り、ボルキア国王とサレハ王妃が遠くからではあるもののテレビクルーの方を見ているという「これぞブルネイ」という番組でした。
  9月 9日にはビラ皇太子の結婚披露宴の模様が新聞、テレビのニュースでも取り上げられました。番組のコメンテーターの「この世のものとは思えません」という一言に思わずふきだしてしまいましたが、資産 4兆円という世界でも指折りのお金持ちの国王や30歳の皇太子の妃は何と17歳の現役女子高生という、浮世離れした話題に仰天された方もあったかと思います。一般的にイスラム教徒の結婚年齢は早く、政府機関の女性職員など幼げな顔をしているので未婚と思ったところ、4人もお子さんがいると聞かされ返す言葉を失ったことがありますが、彼女は彼女で次々と仕事で現れる日本女性がいくつであっても独身なのに驚いていることでしょう。
 資産規模から言えば、ボルキア国王はビル・ゲイツとほぼ同じだと思います。私にとっては米国の天才起業家にして大富豪のビル・ゲイツが出張の際、空港でわれわれと同じようにハンバーガーとコーラをトレイに載せ食事をしていたシーンが印象的なのですが、一方ボルキア国王の贅を尽くした暮らしぶりはさすが 600年以上の伝統を誇る王室ならでは。ただの石油成金と陰口をたたく人もいますが、いくら小国とはいえ、国王が、イスラム教の最高指導者、首相、大蔵大臣、防衛大臣と何役もこなしているスーパーマンぶり。おまけに国王は英国空軍に留学しパイロットの資格も持ち、ポロが上手で、式典以外は自分で車を運転するのがお好きというスポーツマンでもあります。

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[103]アセアン横丁の人々

 今年も早いもので秋のインターナショナル・ギフト・ショーの季節がやって来ました。この日本最大の見本市については、 3号50号51号と毎年書かせていただきました。私にとっては、やはりアセアン諸国の出展者たち、勝手に名づけて「アセアン横丁の人々」が気がかりです。
 会場に着くと、いきなり昨年知り合ったマレーシア企業の女性とばったり、手を取りあって再会を喜びました。華人の彼女はいつも東京のOL風の装いでよく日本人と間違われます。「いらっしゃいませ。」などと深々とお辞儀をして、関係者まで騙して喜ぶお茶目な女性ですが、マレー語、英語、北京語、広東語、福建語、タイ語を操り、スペイン語も勉強中の才媛です。
 シンガポールのブースでも昨年見たことのある青年が。ところが、この青年はほとんど英語ができず、せっかくディスプレイのレイアウトをアドバイスしてあげようと思ったのに、こちらが言う英語を横で通訳の女性がスペルアウトして、本人は電子辞書で確認をしている始末。通訳の女性いわく「タイの人らしいんです。」仕方ない、と先ほどのマレーシア女性を通訳に連れてきました。
二人とも昨年の出展者どうしで知り合いのためこれまた再会を喜んでいました。ディスプレイを皆で修正したあと、彼女は「私たちにちゃんとサンキュー、って言うのよ。」とお姉さんぶってトレードマークの 100万ドルの笑顔です。
 ちょっと手品のようなティー・サーバーを実演してくれた別のシンガポール・ブースの男性はこの顛末に怪訝な顔です。マレーシア女性のことをタイ語の話せる日本人と思いこんだようです。こちらのシンガポール人は華人だったので「彼女はマレーシア人です。日本人ではありません。あなたがお話になるときは中国語でもOKですよ。」と笑わせました。
 ブルネイのブースでは、政府機関の女性職員が皇太子の結婚式にちなんだ取材の申し込みがテレビ局からあったということで、原稿を書くのに大慌て。すると小柄なまだ若い女性が恥ずかしそうに名刺を出しました。「私はあなたを覚えています。去年、自宅に母を訪ねて来られましたよね。そのときお見かけしました。」社名と商品を見て「お嬢さんだったの?ご両親はお元気でいらっしゃいますか。」「はい、母はもう 2回日本へ来ていますので、今回は私にチャンスをくれました。」彼女の自宅は金糸や銀糸を使った織物工房です。石油と天然ガスの小国ブルネイには企業がそんなにありません。どの企業を訪問するにもホテルから車で15分以内と聞かされていましたが、彼女のところは首都バンダル・スリブガワンの中心から車で 1時間以上離れていました。ブルネイの家は涼しくするためか陶器タイルを張った床が多く、日本のように玄関で靴を脱いで中へ入ります。企業訪問をすると、たいてい最後は記念写真というパターンになっていて、壁には訪問者の写真がずらりと掲げられています。私の写真も彼女の家に飾ってあり、だから顔をよけい覚えているのだろう、と想像すると少し恥ずかしくなりました。

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