健康保険制度の行方

 健康保険がありがたいと思えた時期がありました。会社員の頃、私は二度入院した経験があります。一度は二ケ月入院しました。二度目は三週間で手術もしました。当時、健康保険の被保険者の医療費負担はゼロで、入院中の食費も無料。自分でかけていた生命保険の疾病特約で差額ベッド代を出してもおつりが出るくらいで、金銭的な不安は一切なく治療に専念することができました。

 ところが会社員を辞める頃には医療費負担は2割、月々の健康保険料も何と4万数千円となっていました。年間50万円も健康保険料金を払いながら、年にせいぜい数回しか行かない病院でまた医療費を払う、こんな制度に変わりはててしまいました。よく、小額のお金をかけ捨てて安心を得る行為を「保険みたいなものだから」と表現しますが、健康保険はもはや「保険みたいなもの」ではなく、酷税か強制的な寄付であり、誰かが確実に助かっているという実感もなく、これだけのお金はいったいどこに消えるのか不思議でたまりません。

 テレビでやっていましたが、世界的に認可されているガンの治療薬が日本では使えません。薬事法による認可を受けるのに長い年月と費用がかかるからです。輸入薬に対し薬事法の許可がおりるのは年にたった数件です。他国民と比べ日本人がそんなに特異な体質とは思えず、また重篤な病気であればあるほど自己責任で生への賭けをしてみたいと思うのは当然です。この不思議な制度は国民の安全のためというより日本の製薬会社の保護のためと言って過言ではないでしょう。日本で特殊な薬を使って治療するには当然健康保険は使えませんから莫大な医療費がかかります。

 つねづね思うに医療費になぜ料金表がないのでしょう。美容室の料金表もいい加減とは思いますが、一応施術ごとにいくらからというような表示はお店にしてあります。医院、病院にはありません。薬にしても処方される薬とその料金が適切なのかどうかまったくわかりません。医療を神聖化し、一般人にはわからない神業であるかの如くまつりあげている国民にも責任があります。よくおすすめレストランの記事や本が出回っていますが、病院版もあってしかるべきです。手軽に試すことができない分、もっと情報があっても良いでしょう。

 会社員の頃、定期的に成人病検診がありました。実は再検査になることがたびたびあり、私はその検診を受けたクリニックではなく、日本でも有名な大病院に再検査に行くのですが、毎回どこも悪くなく先生にせせら笑われただけでした。どうやら検診を行うクリニックが医療費ほしさに怪しそうなところ、ありそうな病気で再検査を促すようなのです。医療費の無駄であるばかりでなく、医療に対する信用すらなくしてしまいます。逆に半年ごとに定期的に検診を受けていてもガンが発見されず亡くなったケースも知っています。

 国民皆保険制度は誰もが平等に安心して医療を受けられるという世界でも誇るべきもので、清潔な国としてのイメージアップに貢献してきました。今後加速する高齢化社会に向けて、制度や関係機関の徹底的な合理化と、医療の透明化、患者やその家族の立場に立った医療のあり方など、もっと抜本的に改善すべき点はたくさんあるのではないでしょうか。それを忘れて取りやすいところからお金を集めていては、健康保険制度はいずれ崩壊するしかないでしょう。

2002.02.28

河口容子

ジャカルタの大洪水

インドネシアのジャカルタで大洪水がおき、市内の道路の約7割に損壊が見られ、30万人が家を失いました。首都圏に及ぶ洪水と土砂崩れで100人以上が亡くなったという大変な災害です。ところが皆様はこのニュースをどのくらいご存知でしょうか。インドネシアとビジネスをし、ジャカルタに知人の多い私は彼らの無事を聞きまくり、雨季でしばらく豪雨が続くこともあり地元の英字紙を読むのが日課となりました。

 「インドネシアなんて知りません。バリは行ったことがありますけど。」という笑い話があるくらい日本人はインドネシアに関して無知です。上場企業の管理職の方でも「どこにあるか知らない」方もあります。また、暴動ばかりおこる危険な国と決めつけている人も少なからずいます。

 日本の二国間ODAで最大の供与国はインドネシアです。全体の15%のお金が投じられています。また、日本の輸入相手国でも第5位で天然ガス、海老などの食品、木材、家具と毎日の生活でお世話になるものばかりです。インドネシアにとっても輸出、輸入の相手国の第一位は日本です。日本人の旅行者も何と1年に60万人以上でフランスへ行く人より遥かに多いのです。そんなに身近な国でありながらなぜか日本のマスコミは取りあげませんでした。欧米の出来事ならもっとくだらないニュースでも取り上げられますが、アジア全般に関しては外交問題か事件性の強い記事しか出て来ず、おのずとアジア蔑視に誘導されているような気がします。

 今回洪水情報を調べているうちに驚くことがいくつかありました。過去最大級の洪水とあってメガワティ大統領がゴムボートに乗って視察に行く写真が地元紙に出ていましたが、東京がそんな状態になったら天皇陛下や小泉首相はゴムボートに乗って視察に行くのでしょうか。石原都知事なら行きそうな気もしますが。

 知人の中には自宅は浸水したままオフィスに出て仕事をしている人もいました。しばらくは洪水見舞いが挨拶がわりの毎日でしたが、自宅が浸水していようとも「心配してくれてありがとう」と丁寧に何度もお礼を言う彼らに洪水慣れしていると言えばそれまでですが、そのたくましさや心のゆとりに感動しました。まさに自然と共存しているといった感じです。

 ジャカルタ特別州政府のインフラ整備の悪さが指摘され、天災より人災との声があがる中、中央政府やボランティア団体が援助に動き出しています。避難所では伝染病の広がる可能性もあり、着の身着のままとなった貧困層では故郷での再出発を決意している人も少なくないようです。一方、保険会社は未曾有の求償額で保険金の支払を遅れさせざるを得ないとの情報もありました。そんな折、NGO団体が結集して行政を相手に集団訴訟を行う動きが出ていました。やるべきことはやる、なかなかの行動力ではありませんか。
 来月上旬にジャカルタへ行く予定ですので自分の目で洪水のつめあとを見ることができると思います。早く乾季が来て彼らの心の痛みも熱帯特有の青空のようにまぶしく晴れ上がることを祈っています。

2002.02.21

河口容子