新たな時代の戦い

 どうやら21世紀も戦争で始まりそうですが、米国ではNew War、つまり次の新しい戦争と言う意味と新種の戦争という意味でこの言葉を使っている気がします。何か新種かと言うと私にとってはオサマ・ビン・ラディン氏が本当に首謀者であるならば、個人の組織が世界の超大国を襲い、報復に軍事行動を起こさせることまでできてしまう、つまり個人が国家を相手に戦える時代になったと言うことです。ラディン氏はサウジアラビアの出身ですから、アフガニスタンもすでにほとんど乗っ取ったわけです。同氏の真の最終目的は何かわかりませんが、おそろしく頭のいい、すさまじいエネルギーの持ち主だと思います。

 また、世界各国の金融市場で稼ぎまくる投資家としての顔を持っているそうです。金融というのはウォ-ル街やシティといった近代的なシステムで支えられ、かつ世界の大都市を代表するようなビジネスですが、辺境の地アフガニスタンからでもそれらを利用して巨万の富を得るとはあの民族衣装姿からは想像もつきません。

 これらは従来の量であるとか、大都会の優位性などという価値感をまったくくつがえし、質の時代の始まりを示唆していると思います。私たちが常識として持っている質と量を兼ね備えているはずの米軍がタリバンには勝てないという下馬評もこれまた厳しい気候と経済条件に耐えた体力と士気の高さという異なる質の問題に結びつきます。過去の戦争は宗教、民族、領地争いなどをめぐっての戦争でした。今回はテロ撲滅という珍しい戦争となりますが、単なる犯罪者をつかまえるなら戦争とは呼ばないわけで、広義にわたっての価値感や質あるいは制度や主義といったものをかけての戦いとなり、長期化すれば出口の見えない世界戦争への危険をもはらんでいます。

 戦争への不安がつのるなかで、コンピュータ・ウィルスが蔓延しています。特に現代のビジネスはコンピュータで制御されているとも言えます。今までは情報を盗むという犯罪防止に注力されていましたが、ウィルスに感染したらその人のパソコンを通じてあっという間に関係者に広がり、ビジネスを中断せざるを得ない、この方が被害範囲がとめどもなく広がるという点では悪質ではないかと思います。しかも最近のウィルスは知人や取引先の名前をかたって添付ファイルの形でやって来ます。また、ホームページを見ただけで感染するものもあります。しかも犯人の顔も見えず動機もわかりません。殺されることはありませんが、企業が大損失を被ったり、場合によっては倒産することもあるのではないかと危惧します。これもテロに近いのではないでしょうか。

 確かにコンピュータの発達は誰にでも複雑な業務が簡単にできたり、コストを削減するという面で非常に貢献して来ました。また、大企業が設備投資をしたり、人材をそろえないとできなかったような仕事をも零細企業でも可能にしました。地方の企業にもビジネスチャンスはふえ、在宅で仕事をすることすら可能にしています。これも過去とは異なる質の時代の到来を告げています。

 一方、コンピュータがなかったら何もできない人間も大量に作り出しているわけで、もしコンピュータが止まったとしてもどのくらいサバイバル能力があるのか、人間として魅力があるのか、これも新たな人間の価値だと思います。

2001.09.28

河口容子

私と米国同時テロ事件

 「仇討ち」という時代劇めいた言葉を思い出したのが、今回の同時テロ事件の米国の報復の意思表示です。テロの撲滅というスローガンは聞こえは言いものの、軍事行動を起こせば無実の市民や米国兵も犠牲になり、それはテロと結果的にどこが違うのでしょうか。むしろ近代国家というものは仇討ちの繰り返しを避けるために人権の尊重や法の整備をすすめてきたはずです。

 さて、テロリストが今回の事件の波紋がどこまで及ぶか計算したかどうかわかりませんが、私もとんだ巻き添えに会いました。クライアントのために彼岸用の切り花を南米のコロンビアから輸入している最中にこの事件は起きました。花は通常コロンビアからマイアミにいったん出て冷蔵され、今度は日本向けの飛行機に積み替えられます。このルートが遮断されてしまいました。生鮮物ですからさあ大変です。運良くヨーロッパ経由で抜け出たものもありました。この期間は週に3便何トンと空輸せねばなりません。それも彼岸が終わると市況は下がってしまいます。

 事件の始まる前は発注や出荷調整で毎日夜中まで時には明け方まで仕事をしておりましたが、この事件以来まるで戦争状態です。生産者といわず、運輸会社といわず、24時間いつどこから電話がかかってくるかわかりません。PCの画面には各地からの受信メールがあっという間にふえ、それに敵のように返事を書くという毎日です。

 ここで感じたのは、ふだんニューヨークの世界貿易センターとはまったく関係のない私にも事件はふりかかってきたというおそろしさです。対岸の火事ではありません。また、新種のコンピュータ・ウィルスも出現、世界をいっそう混乱させています。さっそく私のワクチンもウィルスを検出しました。

 感動したこともありました。花を捨てないようにしようと皆で協力したことです。米国で滞留していた花は日本の彼岸には間にあいません。日本に持って来ても商品価値が下がる上にコストもかかります。生産者に返すのもまたコストがかかります。通常は廃棄せざるを得ませんが何とか米国で売ろうと生産者は努力しています。米国の運輸会社も協力してくれました。また、コロンビアの空港で待機していた花もフライトがなさそうと判断した時点ですぐ生産者に返しました。いたずらに待っても花痛みがひどくなるからです。それぞれがこんな忙しい中でも相手への思いやりや花への愛情を忘れなかったということは人間として誇るべきでしょう。

 トレード、交易は単なる商売ではなく、いにしえから文化の交流でもあり、人と人とのふれあいでもあったはずです。その象徴でもあった世界貿易センター、私の初めての海外出張もニューヨークであり、初めて行ったレストランがこの世界貿易センターの107階にありました。窓の下から月がのぼって来ることにまず驚き、見下ろすマンハッタンの夜景は別世界のようでした。当時日本の高級レストランは若いカップルに占領されていましたが、そこでは大人たちのゆったりとした時が流れ、車椅子にドレスアップした老婦人が食事を楽しむ姿が見られました。大都市のランドマークはいろいろな人に思い出を刻んでくれます。そんな多くの思い出もテロリストが破壊してしまったのです。

2001.09.21