[328]夏の香りを求めて

 私が快適と思うのは気温30度前後で熱帯仕様人間です。よって冬は天敵とも言え、寒さほど「こわい」ものはありません。うがいや手の消毒をいくらしても風邪はもちろん、インフルエンザにはなるし、乾燥につけこんで皮膚炎もやって来ます。日本ではほとんどどんな商品にも季節性があり、ありがたい事に業界人にとって夏物の展示会は冬行われます。しばし夏の香りに触れ安らかな気持ちになれるのは本当に嬉しい限りです。
 日本のクライアントの夏物展示会は前回に比べお客様が20%増えました。毎回来客数を更新しており、売上も右肩上がりの不況下には珍しい企業です。関東圏にある社員数20名余りの雑貨メーカーで、毎シーズン膨大な数の新製品を展示会に送り出します。展示会でお客様の意見を徹底的に聞き、売れそうもないものは没、希望は新たな商品企画へと生かしていきます。「魅力的な商品であれば営業マンはいらない」という社長の方針で、営業を専門としている社員はほとんどいないどころか、展示会での予約で売り切れてしまう商品も多々あります。
  100年に一度の大不況で大企業といえども淘汰やリストラを免れませんがユニークな商品やサービスを提供している小さい企業はそのフットワークの軽さ、コストの安さで堂々と生き残っていくような気がします。
 次にアセアン諸国のアクセサリーとファッション・グッズ展に行ってみました。2008年 2月14日号「春の雪、南への回帰」で触れたブルネイ女性が来日しているからです。彼女とは2004年以来ブルネイと日本で何度会ったか数えきれないほどです。彼女のような女性起業家はブルネイではお金持ちの奥さんのステータスシンボルで、「趣味と道楽」ビジネスの王道を行っているような気がしますが、彼女の繰り広げる淡い色合いの中のイスラム模様の繊細で上品な刺繍の世界は見る者を現実世界から忘れさせてくれます。
 「あなたが来るのだけを待っていたのよ。」と冗談めかして挨拶をした彼女は新作を見せては私の意見をこまごまとノートに記します。この日改めて気づいたのは英語による色の表現の多さです。「これはティー・グリーンよ。」「え?これは日本人から見ればベージュですよ。」確かに淡い茶色にかすかにグリーンが混じっているような色で、あちらの(紅茶ではない)お茶はこんな色です。「これはオリーブ色」「日本でもオリーブ色でわかりますが、こちらのほうが日本のグリーン・ティーの色なんですけどね。」そこで彼女はまたモソモソとメモ。「聞いておいた方がいいの。商談をする際にお互いにわかりやすい方がいいもの。」日本には平安時代からの特有の色の名前がありますが、戦後の教育ではシンプルでわかりやすい色名で統一されており、一口に「青」と言っても範囲が広く、人によっては緑や紫との境界が微妙にずれる位あいまいな色の呼び方をしています。一方、英語の細かな色名は動植物から取っているものが多く、日本人にはなかなか理解しがたいものがあります。たとえば、ティールは青緑の一種ですが、鳥のコガモをティールと言い、雄の顔のあたりにこの色があります。
 ラオスの織物のブースにはフランス人が経営している企業が 2社ありました。彼らはデザイナーでラオスの布に魅せられ現地に住んでいます。伝統的な織物は日本の昔の和装用織物を想わせる色合いですが、技法はそのままにしてヨーロッパ人特有の甘やかな洗練された色使いへと変化させています。ラオスはもちろん、カンボジア、ベトナムなどでも西洋人が住み着いて商品開発をしているケースを多々見かけます。日本人の場合は、同じアジア人であり固有の伝統工芸を持つだけに、一般消費者にとってアジア雑貨はいつまでも「チープな土産物」の域から卒業できないままで寂しくも思います。
 こうやって夏の香りに触れながら、指折り数えて春の到来を待つ私です。
河口容子
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 日本では1月上中旬の貿易統計が発表されましたが、輸出は前年比50%近いダウン、輸入も25%以上の落ち込みを見せ、何と貿易収支は一兆円を越す赤字。月間レベルでも貿易赤字の見込みで、12月まででも 3ケ月連続赤字です。輸出の押し下げに寄与したのは、自動車、半導体等電子部品、自動車部品など、輸入の押し下げに寄与したのは、原粗油、半導体等電子部品、石油製品など、とのことです。もちろん円高、米国のリーマン・ショック以降世界同時不況ということが主たる原因でしょうが、本当にそれだけなのでしょうか。
  4年前にハノイにある5つ星日系ホテルに泊まった時のことです。ハノイにある日系ホテルはここしかありませんので日本の首相を始め、財界 VIPのお客様も多い所です。ところが室内のテレビは実にあっけらかんと韓国製でした。日本を代表するハノイ唯一のホテルとしての体面を考える余地がないほど、韓国製は安くて性能が良いのだろうと感じた瞬間でもありました。
 そもそもテレビが貴重品であった時代なら所有する事がステータスであったかも知れませんが、今のように普及してしまえば値高い超大型テレビを持っていたところで大した自慢にもなりません。同じように車やその他家電、パソコンなどについてもむしろ自分のライフスタイルや使用目的にあったもの、値ごろ感が重要視されています。一定期間の間にはどうせ買い換えてしまう消耗品でもあるからです。メーカーも「日本製品は値段が高くても、品質が良い、付加価値が高い」という神話から早く脱却して、価格と内容のバランスの取れたものを作っていかないと海外市場はもとより日本市場からも相手にされなくなる可能性があります。
 中国の富裕層は、ブランド品を買いあさるのはマニアかまあまあのお金持ち、と言います。富裕層ならブランド品はいただくもの、あるいは特権を利用して割安で買えるものだからです。高級レストランにしても「招待されてタダメシ」であったことを自慢します。もちろん招待してくれたのが大物であればあるほど自慢です。また、ブランド品を持っていなくても「買えない」とは誰も思わないので見栄のためにブランド品を買って武装する必要がなく、ますますお金持ちになります。
 これは日本の伝統的なお金持ちにもまったく同じことが言え、堅実であることを家訓としている家も多いようです。一部派手な生活をしている日本の富裕層は一代成金が多く、それを大げさに報道する記者たちは庶民階層であり、「いわば庶民による庶民のためののぞき見報道」であり富裕層全体の実態を正しく反映しているとは思えません。
 欧米の著名ブランドが最近までこぞって大型店を東京にオープンして来たのもブランドの購買層が厚いからです。不動産価格や株価が上がれば「あぶく銭」でブランド品が飛ぶように売れ、また中間層以下が借金をしてでもブランド力に依存して自らの「格上げ」を図ろうとするからです。欧米は階層社会でありブランドの購買層は固定しており、逆に庶民が持つのは「背伸び」を通り越して身分知らずのお馬鹿さんのように受け止められます。ところが戦後「一億皆中流社会」をよしとしてきた日本では、流行れば何でも一斉に飛びつきます。もともと女性の購買権が強い国である上に、分割払い、質屋、リサイクル市場まであるのですからブランド各社はさぞや嬉しいに違いありません。
 そんな日本で一味違う種族がいます。女性経営者や大手企業の女性管理職の間では、ブランドづくめの人は「本人に実力がない小物」「見栄っぱり」として蔑視される傾向にあります。むしろ身につけている物をほめられたりすると「これは偽物。よくできているでしょう?」とか「セールの安物なの。お買い物上手でしょう?」などと自慢するのが快感だったりします。本当の勝負は人脈や役得ですので、経済的にはお得でも難易度は高いと言えます。
河口容子
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