[292]アポイントをめぐる話題

 会社員の頃から相手にお会いせずに取引が終わることはありません。必ず商談があり、成否はアポイント取りから始まっていると言っても過言ではありません。今号ではアポイントにまつわる思い出をご披露させていただきます。
 2008年 5月15日号 「Thank Youレター」に出てくる米国企業は私がまだ会社員の頃の話ですが、用事があればいとも簡単に呼びつけられるにもかかわらず、こちらからご挨拶に伺うなどと言ってもまったく取り合わない会社です。では特に用もなかった私がなぜ簡単に VIPの訪問がかなったのか。ひとつは私の仕事ぶりを過大評価してくださっていたこともありますが、同僚の米国人の女性管理職に根回しをお願いしたことが大きいと思います。彼女は入社以来10何年もこの企業を現地支店で担当しており、東京本社でも彼女ぬきにはこのビジネスは語れないほどです。彼女は上手にミーティングの議題を作り出し、単なる表敬訪問(同社は時間の無駄と公言しています)に終わらせないような仕掛けをしてくれました。しかもランチ・ミーティングで相手の仕事の邪魔をせず、くつろいだ雰囲気にする配慮もしたのです。日頃親しくしている人が用意周到でアポイントを申し込めば、最低でも10分や15分の面会はかないます。
 私がアポイント取りに冷や汗をかくのは香港のビジネス・パートナーが来日する時です。2005年 9月 8日号「嵐を呼ぶ男」でもふれたとおり、日本到着の 2-3日前にスケジュールの連絡が来ることが多く、だいたい 3-4日の滞在の間に国内出張もします。多いと 1日に 3社くらいのアポイントを入れますのでこの調整と切符の手配、ホテルの予約、私が預かっている日本用の携帯電話をチェックイン前にホテルのフロントに届けておくなど、てんてこまいです。出張者がひとつでも多くの成果をあげたいという気持ちはよくわかりますのでエンジン全開で準備をしますが、せめて 1週間くらいのゆとりを持って知らせてほしいものです。ただし、ありがたいこともあります。ありとあらゆるリクエストをして来るものの、全部かなわなくても絶対文句を言わないことと、私が時間厳守であることをよく承知していて時間通りに動いてくれることです。
 コミュニケーションが悪く窮地に立たされたアポイントもあります。2002年11月14日号「億万長者とビジネスする方法」に出てくる商談です。広州でビジネス・パートナーから「あなたが香港へ戻ったらP社の社長と会えるように手配してあるらしい。うちの社員のH君とEさんも香港から合流させるよ。」と言われたのですが、香港の駅にP社から迎えの車は来ていたものの、H君とEさんの姿はどこにもありませんでした。P社に着いても二人はいっこうに現れる様子がなく、社長室に一人で通されたら部長クラスの女性があと 3人もいた、という大番狂わせです。この企業は上場企業ですから、社長と会うのなら細かい商談にはならないと予想していたのです。ところが、そこでこの 4人から一斉に取引条件など詳細について英語で集中攻撃を浴びることになりました。ビジネス・パートナーの会社も絡んでいる話なので勝手にすべてを判断はできず、かと言って「相談してから」を連発すれば子どもの使いのようになってしまいます。幸い、土壇場になればなるほど腹のすわる性格なので何とか不信感なく自然に(内心は必死に)その場をしのぎました。このアポイント取りに関してはおよそ10人くらいの人が関与しており誰も全容を把握しないまま実行されたたようです。以後、出席者や議題については念入りに確認することを怠らなくなったのは言うまでもありません。
河口容子
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[291]続 禍転じて

 四川大地震に際し、日本の国際緊急救援隊は山崩れや余震の危険があるとして撤退せざるを得ず、生存者の救出には至りませんでした。ある中国のメディアは隊員の「自分自身は無力感と悲しさでいっぱいであり、仲間は精神的にまいり離職を決めた」というコメントを紹介しました。それに対し、中国の読者から熱い感謝や感動の言葉が寄せられ、中には「これだけみんなが勇敢で素晴らしいと思っているのに辞表は理性のない行動」というものもありました。
 私自身もこの離職には不満です。「年齢的にも体力、精神力の限界」「他の仕事をしたい」というのならうなずけます。その隊員の方はおそらく誇りと自信、高い目標を持って活動にあたったに違いありません。しかし、十分な情報もないままに現地入りし、たまたま生存者を見つけられなかったのは宿命であり、残念であっても、無力感を感じて辞めるほどの事ではない。自然災害の下では人間の力など本当に取るに足らないものです。悲しくても虚しくても自分の持つ力を十分生かせたのなら立派な仕事ぶりであり、それを見た中国国民の84%が日本に好感度を持つようになったのです。これは誰もが予想もしなかった大きな成果でしょう。日の丸を背負う以上、他国の救援隊には負けたくないという気持ちも理解できますし、帰国すれば成果をあれこれ批評する人間が周囲にいるのかも知れませんが、これだけ多くの中国国民の心を引き寄せたのはゆるぎのない事実です。
 救援隊に代わり、医療チームが現地入りしましたが、活動場所をめぐって難航、大切な時間を無駄にしてしまいました。ロシアの医療チームはもともと非常事態省を持つだけに 1日 300人の治療が可能な移動病院をチャーター機で送りこみました。チームが到着した時点では活動場所は双方協議の上決まっていたそうです。ドイツやイタリアは移動病院を医薬品とともにそのまま委譲するうです。確かに医師、看護師の調達が現地で可能であるなら、そのほうが被災者にとっても意思の疎通がスムーズなはずです。日本の更なる国際化にはまだまだ学ぶべき点がある気がしました。
 核施設の安全性への懸念をいち早く指摘したのは欧米各国です。彼らは大所高所から物を見るのに長けています。復興援助までも視野に入れているに違いありません。日本人はせっかちで「目先の事にばかり気を取られ」結果「その場しのぎ」を連発してしまいます。これを線でつなぐととてもおかしな事になるのが、ガソリン税であったり、年金問題であったり、後期高齢者医療制度にたどりつくのではないでしょうか。
 四川では病院スタッフが過労死したそうですが、日本では過労を原因に自殺した人が81人いたというニュースが流れました。本当に過労すれば死んでしまうのだから、何も早まって自ら死ぬことはないでしょう。人間万事塞翁が馬で、辛く嫌な事があってもいずれ幸に変わるかも知れないのです。それを信じて少しでも前向きに努力を続けるのが美しい人生なのではないでしょうか。中国では地震発生後 200時間くらいたっても 100歳に近い高齢者が救助されています。この気の長さ、メンタルの強さこそ、今日本人に必要なものです。
河口容子
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