[222]みかんに祈りを

 2007年 1月 7日号「待ちわびる便り」で触れたシンガポールの上場企業が来日、いよいよ日本の上場企業と初のミーティングを行なうことになりました。私自身は寒さに弱く、風邪、消化器疾患、アレルギーによる不眠と12月中旬から体調がすぐれない上に、この日程が決まってから準備に忙しく、心身ともにぼろぼろになっていました。ところが外見は明るく健康そうに見えるらしいので、誰もいたわってくれません。
 もともとこのシンガポール企業は同国ベスト15に入る国際企業でいろいろな賞を受賞している歴史あるエクセレント・カンパニーです。ふだんなら私の会社がどう逆立ちしても相手にしてもらえないレベルです。シンガポール国際企業庁のプロジェクトを手伝わせていただいていたおかげでこのシンガポール企業のオーナー一族と知り合うことができ、一方10年来の知人がこの日本側企業の事業計画のコンサルタントをしているという巡りあわせで 4ケ月がかりでミーティングが実現しました。
 私自身はどんな案件でも全力投球して準備をします。そうすれば、たとえ良い結果が出なくても後悔しないからです。手抜きで失敗するとクライアントに申し訳なく思うのはもちろん、努力ができなかった自分を一生責め続けることになります。準備期間中は夢でうなされることもしばしばです。「ほどほど」や「気分転換」という言葉は私には通用しないので、とにかく当日倒れない事だけ必死で祈りながら準備を続けます。
 ミーティングの前日にシンガポール企業のトップ E氏が泊まっている某超一流ホテルで事前打ち合わせをしました。来日前にそのホテルのおすすめのコーヒーラウンジとバー、偶然にも E氏のファーストネームと同じ名前の宴会場がホテル内にあること、滞在中の東京の気温などを知らせておきました。しっかり冬服で現れた E氏は前回会った9月の末よりかなりやせた感じで、今回のミーティングに臨む緊張感が私にまで伝わって来ました。何せ日本市場進出は彼の長年の夢でした。
 私はお土産のみかんを手渡しました。同社では香港で全社の50% 以上の売上をあげています。香港ではみかん「橘」は「吉」と音が似ていることから縁起ものです。「香港ではみかんは縁起ものと聞きましたが、ご存知ですか?」「知っていますよ。私の母は香港人だから。」みかんに祈りを託す私の気持ちを悟ってか E氏の顔が思わずほころびました。そして英文の東京の地図とガイドブックを渡すと「本当にありがとう。実は探してもなかなか見つからなかったのです。」と笑みがこぼれました。
 そしてミーティング当日。ここまで来ると「あがる」とか「緊張する」ということは一切ありません。ここに来るまでに十分苦しみに苦しみぬいているからです。プレゼンの資料は日本人に理解してもらいやすいよう私がアレンジしシンガポールのスタッフたちとメールでやり取りそしながら用意しました。パワーポイントは英文ですので、 E氏か部下の S氏が説明をし、私が通訳をする予定でした。ところが講師癖がついているせいか、パワーポイントを見て思わず説明をし始めたのは私でした。あたかも自社の説明をするがごとく、手元資料も見ず堂々とプレゼンをする私やしきりに相槌をうったり感心の声をあげる日本企業側の反応を見て E氏はあきれたように、そして嬉しそうに微笑みました。日本語がわからないにも拘らずタイミング良くスライドを切り替える S氏の勘の良さにも笑えるものがありましたが、まさに以心伝心とはこの事です。
 席上日本側から披露されたのは昨年ある日本のメガバンクがこの日本企業に紹介したものの日本側がお断りをしたという背景でした。シンガポールのコンサルタント会社複数もうまく取りまとめることができなかったことは知っていましたが、メガバンクでさえ実現できなかった第1回のミーティングを私が成功させることができたのです。今後日本側企業にて3つの観点から事業提携の可能性を検討してくださることになり、プレゼンの内容が実にすばらしく当社でも学ぶべき事がたくさんあるとおほめいただきました。
 今回の仕事で、人間関係やタイミングの大切さを嫌というほど思い知らされましたが、友人に言わせれば「人間関係もタイミングをつかむことも1日して成らず。」私の会社はとても小さく、私自身は丈夫でもないし、もちろん天才でもない、でも精一杯頑張れば幸運の女神が微笑んでくれると思えた一日でもありました。
河口容子

[221]季節はずれの誕生日プレゼント

 ベトナムでセミナーを1昨年、昨年と計2回行なっていますが、帰国後しばらく気になる事があります。現地での報道状況です。ベトナムは社会主義国ですのでジャーナリストが自由に報道することはできず、ましてや政府機関が主催するセミナーですから悪く報道されることはあり得ませんが、どんな切り口でどんなメディアに出ているのか当人としては興味しんしんです。
 1昨年のセミナーでは、休憩時間に2社から取材を受けました。この記事が数日後に出て、このふたつの記事が金太郎飴のように各種メディアに2ケ月くらい次々と転載されていきました。まさに洗脳するがごとくです。日本なら2ケ月もすればどんなインパクトの強いニュースも忘れ去られているでしょう。
 昨年は速報が翌朝の新聞に載っており、その記事をYahoo!のシンガポールもオーストラリアも取り上げていましたのでかなり即時性は増し、ベトナムが周辺国に与える影響が増したといえます。インターネットで英文検索をして記事探しをするのですが、2006年11月30日号「千年を越える思い」で書かせていただいたように農業分野とも関連があることから、農業系のメディアにも登場するようになりました。さらにベトナムのフランス語新聞に私の名前が出ているのも発見しました。不思議なことに昨年の 8月16日付で偶然にも私の誕生日です。まさに季節はずれに(といっても気づいたのが遅かっただけなのですが)誕生日プレゼントをいただいたような気分でした。1昨年のセミナーは9月ですから1年近くもたってセミナーの記事が出るのはあまりにも変ですし、昨年のセミナーは11月で、日程すらこの記事の時点では決まっていませんでした。となると内容をどうしても確認したくなりました。
 フランス語は大学時代第三外国語として履修しましたが、単語をすっかり忘れているため翻訳ソフトを使って読んでみました。案の定、思わず吹き出すような和訳がしばしば登場するものの内容を理解するには十分でした。「手工芸業者たちの挑戦」という題のこの記事は、EU、米国、日本というベトナムの3大市場への課題という秀逸なものでした。ところで「手工芸品」とは何?と日本でよく聞かれるのですが、文字通り手で作るもの、ベトナムでは竹、木、草、つるなどの加工製品、刺繍・ビーズ製品、絹製品、べっ甲・貝殻などの細工物、漆製品、銀をはじめとする金属細工製品などをさし、これらをひとまとめにした産業分類があります。日本で言うならば人間国宝級の方が作るものから素人でも見よう見まねで作れるものまでを含むまさに混沌とした世界です。
 EUについては、納期、フレキシビリティ、アフターサービス、メーカーの信頼性が課題となっており、私自身は特にあとの2点については先進国が途上国に求めるには限度があるような気がしますが、逆にEUの輸入者は大手が少なく、消費者に対しそこまで保証ができないと読み取りました。
 米国については、品質と手ごろな価格の実現、生産量、総販売代理店が課題となっています。おそらく大手量販店をターゲットとしているのでしょう。米国の大手量販店で扱う家庭用品ならトライアルで1億円くらいの発注は珍しくありません。手工芸品は機械生産と違い大量受注をすると納期がかかるばかりではなく、非熟練者も狩り出しての人海戦術となり品質のばらつきが出るという問題点があります。また、大口の発注を取りまとめる総販売代理店の能力も重要なポイントです。
 日本については、私の名前がコメンテーターとして引用され、手工芸職人の魂を表しているような伝統的で独創性ある商品、季節需要を考慮した商品開発、少量多品種対応が課題となっています。おそらく1昨年の講演内容を再利用したものと思われます。伝統商材、芸術的な商品については日本がベトナムの輸出相手国のトップになったそうで、このくだりも嬉しい誕生日プレゼントのように思えました。
河口容子