[322]2009年のはじまり

私の会社に年末年始の休みはありません。まず、大晦日はファイルを全部新しく作りなおします。現在書類の法定保存期間は7年が基準ですので7年前の書類を廃棄するのですが、ホッチキスをはずし全部裏紙として使います。ファイルのフォルダーも使えなくなるまで使います。この作業で数時間かかります。過去はケチくさいと言われる事もありましたが、今は「エコ」とほめられますので時代も変わったものです。私自身はこういう節約と忍耐が会社経営者の基本だと思っています。
そして元旦。日本のクライアントの F社長は夢見る牛の絵をご自分で描いてすべてハンドメイドの年賀状をくださいました。思えばワープロが会社に登場したのは25年くらい前で個人が買えるような価格のものではありませんでした。印刷もデスクトップ印刷などありませんでしたから高額で、皆自分で工夫して年賀状を作ったものです。今は紋切型の文章に宛名にも本文にも自筆などない年賀状がふえ、個人なのに企業やお店からの年賀状と何ら変わりがありません。そんな中でユニークな年賀状は上手下手の問題ではなく、まさに心のギフトと思えます。
香港のビジネスパートナーとさっそくチャットで賀詞交換をしました。「今年は変化の年になるに違いありません。この変化が地球上のより多くの人々にもっと多くの幸せをもたらすことを祈っています。」と私。「そうだね。世界経済が早く立ち直ること、貿易量が正常に戻ることを望んでいるよ。しばらくは困難な時期が続くのだろうけど。」その後は友人たちの消息について30分ほどあれこれ話しました。最初の出会いから丸10年、共通の友人の多いこと。
シンガポールでコンサルタント会社を経営している日本女性ともメールでやり取りをしました。彼女は日本の公的機関に勤務時代にシンガポールに駐在し製造業を経営しているシンガポール男性と知り合い、結婚しました。現在ご主人は仕事の関係から単身で上海に住んでいるそうです。女性の社会的地位が上がれば簡単に職を辞すわけにはいかず、こういう別居キャリア・カップルも今後ふえていくのでしょう。
彼女が言うにはシンガポールは元々金融が大きな産業の1つだったので、投資銀行などの縮小、閉鎖で、知り合いのバンカーの中にも解雇された人がいるそうです。欧米系企業での「朝通告、そしてそのまますぐに退社」というのをまざまざと見せつけられてさぞ仰天したことでしょう。念願のドバイにも旅行したそうですが、建物などハードはすごいもののサービスのレベルがまだ低く、同じ金融国家として「これならシンガポールは安泰」と思ったそうです。
私自身にとって2009年はまず 5月に起業10周年目を迎えます。そして10月にはメルマガ創刊から10年目を迎えます。 1年目で廃業するかも知れないと覚悟しての船出でしたが「仕事の質」のみを追いかけ欲張らなかったのがここまで続いた秘訣かも知れません。会社員のままなら「定年まであと何年」という境地でしょうが、毎日毎日自分を試せ、進化し続ける楽しみと多くの方々のおかげで「生かされている」ことを感謝できるのも一人企業の良さだと思っています。
河口容子

[299]今年も香港人と夏

2007年 8月16日号「香港人と夏」では私にとっての夏は最近「香港人」がテーマとなりつつあることを書きました。今年も梅雨明け前から暑い毎日でしたが、やはり香港人がやって来ました。2008年 6月19日号「夢への挑戦」に出てくる香港のD氏が急に来日することになったのです。
「もしお時間があればデザイナーのH先生と一緒にミーティングをしたいのですが。急な話でお時間がなければかまいません。あなた方が誠意と情熱を持って取り組んでくださっているのは十分わかっています。心配だからミーティングをしたいのではありません。デザインが出来ているのがあれば見たいし、プレゼン用のビデオ制作の話やサンプルづくりの方法について話しあいたいだけです。」D氏は私より10歳くらい年下ですが、こういう配慮にあふれた人です。H先生のオフィスのある駅の改札でD氏と落ち合いましたが、彼は開口一番「暑いですね。」「香港の方でもそう思われますか。」「黒い雲が出ているから一雨きそうですね。涼しくていいな。」私はヒートアイランド現象のことなども説明しました。「香港だってそうです。海側の摩天楼は景色がいいけれどそれに遮られた内側は本当に暑いですよ。」
一方、H先生も素敵なイタリアンのレストランを予約してくださったり、プレゼンの準備をしてくださったり、とお忙しい中万全の体制です。私たちがコーディネートしている中国でのデザイン・コンペには日本の17名の若いデザイナーと学生が参加してくれますが、学生は夏休み前の課題に追われ、社会人はそれぞれの仕事をしながらの参加ですので彼らはもっと暑い夏を過ごしているのかも知れません。
H先生の作品集が気に入ったD氏は「機会があればまたプロジェクトを組みますから」と言い、私とはすでに新しいプロジェクトを立ち上げようとしています。
そこへ香港のビジネス・パートナーからメールがありました。先日、仕事で必要な書籍を一式調達してあげたばかりです。日本の果物を輸入してみたいというのです。2008年 4月17日号「新たなチャレンジ」では酒類の輸出にチャレンジしましたが、その延長線上にあるようです。「先日親戚から白桃を1箱もらいましたが、それは美しくて大きくておいしかったですよ。近くだったら差し上げたのに。」「うーん。桃いいねえ。」
実は私を忙しくさせているのは香港人たちだけではありません。シンガポール政府から 2案件プロジェクトをいただいています。別にやらせてください、とお願いしたわけでもないのにいつの間にか私がやることになっているのです。2007年度の統計では一人当たり GDPはとうとうシンガポールが日本を抜きました。日本は40何年ぶりにアジア 1位の座を明け渡したことになります。為替の問題もありますが、香港にもうすぐ抜かれるでしょう。
統計というのは数字のお遊び的な要素もありますから一喜一憂することはないと思いますが、香港やシンガポール企業に見積を提示すると「安い」と言われ、「途中でやめられても困る」と増額させられることもしばしばです。私の方針でどこの国に対しても同じ内容の仕事なら同一料金を提示していますが、その国の景気を測るものさしにもなります。もともと日本の中小企業に気軽に活用していただけるようにと低い価格を設定したのですが、いつの間にか日本の中小企業にはほとんど払えないものとなってしまったことです。これは憂うべき現実です。

河口容子