[067]ばんちゃん

徒弟制度が根強く残るフランスだから若くして素晴らしい技術を持つ人に遭う事は珍しいことではありません。昔からの徒弟制度がしっかりしている料理界はとても厳しく大半のフランス人修行者が途中で断念してしまう中、若干24歳で、そしてたった一人で22名分のコースミール(オードブル、メイン、デザート)を昼夜作るロレーヌ号の料理人、ばんちゃんには彼の人生を一回り以上上回る私が脱帽。
ばんちゃんがキッチンを任されているロレーヌ号はナンシー近郊からストラスブールまでを6泊7日かけてマルヌ=ライン運河をクルーズするホテルバージ(滞在型遊覧船)、フランス国内の河川や運河をクルーズする弊社の15隻あるうちの1隻。通常は本社で営業や翻訳を担当する私には100名以上いるクルーの全てに会う事はなく、私が船内シェフを知るのは日本人団体の添乗で船に乗る時のみ。


大食漢で大酒飲みの私はシェフ長ブノワとは大の仲良し。ブーちゃんのせいで中々ダイエットが出来ないと文句を言いながら彼の作るものは全て2人前以上を平らげ、本年度の日本人団体向けメニュー作成も彼に任せた。私の営業活動の重要なサポート役となるシェフの選択にはやはり私の目と舌が光る。
「次の日本人団体はロレーヌ号なんだけどあの船のシェフ24歳って言うじゃない。それに日本人を担当したことないから不安だな。ブーちゃん来てよ!」と泣きついたら、「とみこ、心配することはない。シルヴァンは出来る奴だから。絶対に上手く行くから」とブーちゃんに背中を押されナンシーに向かった。
シルヴァンはやってくれた。私の期待以上のお仕事を。キッチンから漏れる美味しい匂いをお客様はいつも楽しみにしてくれた。「ミナサマ、コンニチワ、ドーゾ、メシアガレ」と片言ながらも日本語の挨拶をしながら各テーブルを廻ってくれた。お客様のリクエストに答えて得意料理であるサーモンの塩釜焼きの実演調理もしてくれた。週の半ばにはお客様もシルヴァンのヴァンをバンと発音し「ばんちゃん」と愛称を付け呼び出した。
オードブルやメインをもっと早く出すことを指示するマネージャーに、彼は威厳を以って「ここはファーストフードの店じゃないんだ。ゆっくりと食を楽しむところなんだ」とキレてました。ばんちゃん、24歳。中卒後すぐこの業界へ入り早くも10年、ご立派な意見です。自分の腕に自信があり、職にプライドがあるからならではの言葉。37歳のおばば、私は君にシャポー(脱帽)です。
夢路とみこ