[313]お見舞いのマナー(河口容子)
今回は河口容子さんのコラムです。
手術のため入院した事は先週号で触れました。土日をはさんだたった5日の入院でしたが、国内外ともに仕事でよくコンタクトをする相手にはご迷惑をおかけしないためにも事前に連絡をし、また退院後の復帰の連絡もしました。驚いた事は最近の日本人には「どうぞお大事に」とか「退院おめでとう」という決まり文句をまったく言えない人が多いことです。社交家で通っている60歳間近の人ですらそうだったので、「弱者切捨て、自分の利益にならない事は無視をする」風潮が老若男女に蔓延しているような気がしました。
香港のビジネスパートナーの兄のほうは、腹腔鏡で手術をすることを心配してくれました。患者の身体的負担が少ない分、医師は高度の技術を要することを知っていたのでしょう。私の入院する病院は私と同じ手術を年間 200件こなしているので大丈夫、と返事をしたところ「一日も早い回復をお祈りします。」のメッセージの後にスマイルマークがついていました。
退院の知らせには「お帰りなさい。きっと前より元気になるよ。たまには病気も休養になっていいでしょう?冗談だけど。」弟のほうは「元気になってとっても嬉しい。でもしばらくは気をつけて。楽しい毎日を。」と言ってくれました。シンガポールのクライアントたちも「手術の後だからしばらくは養生してくださいね。」というようなメールをくれました。日本人はすぐ病院に見舞いに行くべきか、お見舞い品を送るべきか、などいろいろな心配をしますが、まずは知らせに対しタイムリーにお見舞いや励ましの言葉を送るのがマナーでしょう。日本のクライアントの社長はすぐ電話を下さり、「声を聞いて安心した」と言われましたが、こういう真心が一番大切だと思います。
知人である国際機関の女性職員は私よりほんの少し年上ですが、「私の母も同じ手術をしたけれど元気で長生きよ。」と言ってくれました。彼女はストレートにものを言う人なので特別な気遣いをしての発言ではなかったと思います。私自身、この手術により寿命が縮むとは思ってもいなかったのですが、なぜか嬉しい一言となりました。
「病気」は個人情報の最たるものです。本人が話したくないのに根掘り葉掘り聞くのは大変失礼な事です。また、その情報を元に知人友人に勝手な推測で噂を流すなどはもってのほかです。会社員の頃、「復帰は不可能」「危ないのではないか」との噂を流され、これらは復帰した自分の耳にも入って来て非常に不快な思いをした事があります。患者にとって退院するのはひとつの山ですが、社会復帰をするのも大変な勇気と努力が必要です。会社員の頃、上司である役員から「病院にはお見舞いに行く機会がなかったので」と社会復帰後お見舞いの品をいただいた事がありました。退院後の不安な時期でのこうした暖かい見守りは復帰への大きな励みとなります。
「病院」というのは医療スタッフと患者から成るいわば生活共同体のようなものです。個室に入らない限り、病室はひとりだけの空間ではなく、鍵もかからない所で、常に他人への配慮が必要なところです。患者は 1日中暇だと思われがちですが、朝 6時起床、夜 9時消灯という決められたサイクルの中で検温、血圧測定、回診、食事、治療、検査などすべて時間で管理をされています。
何度かの入院体験からお見舞いの達人になる方法についてまとめておきます。まず、清潔、さわやかで明るい気持ちになるような服装とふるまいです。喪服のような黒一色や華美すぎるものは嫌われます。ピンヒールのような足音のする履物は履かないこと。形式よりも心で、かえって邪魔になるだけの見舞い品を持っていくよりは患者が困っていることの手助けをするほうがありがいものです。患者に休養を取らせるためにも長居はせず、「名残惜しい」くらいが患者にはちょうど良いようです。先に述べたように患者は「共同体」の中にいるわけで、医療スタッフや他の患者の迷惑にならないこと、不作法な見舞い客は患者が共同体の中で恥をかくことになります。また、患者の家族への配慮もできればなお素晴らしいと思います。