第5回-Tさんと娘さん

2018年8月26日

こんにちは、稲垣尚美です。重いコートもいらなくなり、軽いジャケットに様変わり。すっかり春ですね。

今回は、もう亡くなられたTさんと娘さんの話です。Tさんは、85歳の女性。あまり周囲の関心をもたない中度の痴呆状態。立つことも両手を胸の高さまであげることもできませんでした。ほとんど寝たきり状態です。

遠く離れた町から、うちの施設に入所されました。あまり話されないのですが、意志の強い方でした。特に食事に関してだけは、しっかりしてました。なんといっても食事に対しての偏食は、かなりのものがありました。野菜は、嫌い。魚は、嫌い。肉も美味しくなければ食べません。

「素麺が好き」と聞いた夏のある日の献立は、素麺でした。「素麺だから、食べてみて」と口に運んでも口に入れた途端、吐き出されてしまいました。「お好きじゃなかったの?」「機械麺は、不味い。手打ちじゃなきゃ、嫌だ」結局、素麺は食べられませんでした。

Tさんが、どうしてこのような食生活になった過程というのは、ずっと一人暮しが長く、気ままに好きな物を買ってきて食べたい時に好きなだけ食べていたとのこと。特に刺身が、好物だったとか。一人暮らしの気ままな食生活と栄養計算された施設の食生活では、かなりの差があるでしょう。

一般的に考えれば、施設の栄養計算されたものをきちんと食べた方が、いいのでしょうけど私個人の考えでは、85歳にもなっていくら栄養があるからといって、嫌いな物を無理に食べることは無いと思っています。残された時間を好きな物を食べて過ごしてもらいたいな。もちろん、糖尿病などの疾患があって、急激に血糖値が上がったり、下がったりする場合は、別ですけど。

年末になり、Tさんの娘さんが、大きな荷物を持ってみえました。年末から正月にかけての4日間、施設に泊まってTさんの世話をしたいと言われるのです。娘さんの家も遠くでTさんを家へ連れて帰るには、無理があるとのこと。

Tさんの娘さんは、85歳のTさんの子どもですから、50歳は超えている感じです。頑固なTさんと違って優しそうなきれいな人です。Tさんの世話を職員にかわっていろいろやっていただき、とても助かりました。何より、いつも困ってしまう食事の時間もなんなくクリアー。娘さんの力は、偉大だと感心。

それどころかTさんの娘さんは、「暇だから、何かさせてほしい」とTさんの世話のをする間の空いた時間をボランティアを希望されました。年末年始は、職員の人手も少なくなるのでこの申し出は、とっても助かりました。おしぼりをたたんでいただいたり、お茶を配ってもらったり、なんでも丁寧に気持ち良くやっていただきました。

Tさんの娘さんにもご主人や子どもさんが、いるはずです。普通なら家族と過ごすはずの年末年始を老人ホームで周囲にほとんど関心を示さない母親の世話をしながら、ボランティアをするという姿勢に頭が、下がりました。

普段、特に夏休みなどは、こちらが対応しきれない程のボランティアの人達が、やってくるのですが、なぜかお盆と年末年始は、ボランティアが、とぎれてしまいます。当たり前と言えば、当たり前ですが。私だって休みだったら、遊びに行っちゃうでしょうね。(そして行楽先で渋滞にあって、こんなことなら仕事の方がよかったと嘆いているパターンが多い)

Tさんの娘さんには、得るものが多かったです。

2002.03.15