【第19回】特別養護老人ホームの実態(8)~お化粧~

2019年3月19日

老人ホームにお住まいの高齢者のお洒落について、理美容の話から入ってきていたと思う。女性には欠かせない、お化粧について話を進めてみよう。

化粧というのは、正に自己満足の世界である。人前で化粧をしたり、直したりするのはエチケット違反、ご法度というのが世の中の風潮であるが、女性が鏡に向かいながら、煙草をくぐらせながら寝そべる男性と話すシーンというのは、よく映画やテレビの世界でみられる。なかなか艶っぽく、魅力がある。つまり、女性にしか許されない(注:三輪さんとか、美川さんとかとは違う)化粧は女性の媚を売る、異性への最大のアピールの場なのである。恥じらいや嗜みが妙に妖艶にみえるわけである。

若い女性は手かばんの中には必ず可愛い化粧道具、口紅の一本ぐらいは入っているものである。年老いてくるといつの頃から、化粧道具をあまり持ち歩かなくなる人が増える。朝起きて、洗面、整髪、化粧というのが億劫になるというよりも異性を意識するという意識が低くなることがその女性の輝きを失わせることになるのではなかろうか。

女優さんが高齢になっても美しいのは、異性だけではなく広く同性にもみられているという緊張の中で、座る姿勢から化粧、スタイルの維持まで気を配り、お金をかけて自身も努力してできる限り保っているからであると考える。単に整形やエステ、美容室にまめに通っているだけで、あのような魅力は維持していけない。逆に男と女が存在する社会というものにできるかぎり関わっていくことのひとつの努力が化粧や身だしなみの動機付けだと考える。

特別養護老人ホームの女性入居者の口紅の所有率をぜひ一度調べてみたいものだと思っている。化粧品は一般に嗜好品の中ではもっとも浪費になる可能性が高い。なんせ、化粧品の中味より、しゃれた容器代の方が高いというのもまんざら偽りではないのである。

あと、化粧品の香料である。香水につながる匂いもまた艶めいた想像を駆り立てる。ご存知の方も多いと思うが香水は調香する時必ず良い香りと臭いとされる香り、つまり相反した香りを合わせて、より良い香りを引き立てるとされている。簡単にいうと、お汁粉を作るときに砂糖だけではなく、塩を隠し味に入れると甘みがより引き立って感じられるようなものである。気持ちの上でも、見かけでもメリハリをつけるということがその人の日常生活を艶やかにする作用につながるというのは間違いない。

で、敬老の日、お誕生会、新年などは、老人ホームでも希望者に化粧をしたり、着物を着付けするサービスを実施しているところは確かにある。鏡の中の自分の顔を覗き、紅をさした唇を少しばかり開いて微笑んでいる姿は妙に生き生きしてみえる。

山野愛子さんの美容に関わる短期大学が介護福祉学科をはじめたときにはあのどろんこ美容が福祉の業界になぐりこんできたかぁと一時話題になったことがある。結果的に、美容やファッション関係は精神的な意味での生きがいや存在価値の動機付けにはかなり効果があると立証されてきている。

高齢者や障害者のファッションを専門している先生が昔私が勤務していた学校の同僚においでになった。当事者たちが自らアイデアを出し合って準備から関わるシルバーファッションショーを時々主催なさっている。自ら舞台に立った高齢者が、まるでプロのシルバーモデルのように生き生きと輝いてみえるのはけして筆者の気のせいばかりではないように思うのである。

筋トレ機械に黙々と向かうより、かつて上原謙と高峰秀子のCMのようにお洒落なコートの襟に帽子を少し斜めにかぶり、ポプラ並木の散歩道を腕を組んでゆっくり歩くという取り組みはいかがであろうか。一本の口紅から始まる素敵なひとときは人生に生きる張り合いと潤いをもたらたしてくれるに違いない。死んでから化粧してもらっても、別に嬉しくはないものだから。

次回はだれのためのお洒落を書いていきますんでご購読宜しくお願いいたします。

2005.12.06