[109]マーセナリー(上)

今回のテーマはマーセナリーである。これは英語でmercenary、つまり傭兵のことである。平和な日本に傭兵など関係ないと思うかもしれない。しかし、介護業界にも傭兵がいる。それは派遣会社から派遣されてくる介護職のことだ。一般社会では派遣切りに代表されるように派遣社員は必要不可欠だが、介護の現場でも派遣ヘルパー、派遣看護師、派遣ケアマネージャーは 珍しくなくなっている。今回はこの「傭兵」=派遣について語ろう。
いきなりだが、ニコロ・マキャベリの君主論を読んだことはあるだろうか?よ政治家などが上手にずる賢く振る舞う処世術の本だと解釈されているが、それだけではない。マキャベリは君主論の中で傭兵についてこんなことを書いている。
「国の防衛を傭兵に頼ってはならない。国家を守れるのは愛国心あふれるその国の国民である」
彼は傭兵に頼りすぎると国家の弱体どころか破滅を招くと主張したのだ。確かに歴史でも西ローマ帝国はオドアケルという傭兵に滅ぼされた。傭兵は軽んじられてることが多いが、その役割は決して馬鹿にできない。
この主張はそのまま派遣社員にも通じるものがある。俺もここで改めて断言したい。もし家族もしくはあなた自身が福祉施設に入所するなら派遣が入り込んでいるところ、もしくは派遣がすでに大きい影響力を持っている施設はやめたほうがいい。派遣介護職はやがて家を食い倒す白アリと同じだ。彼らは雇い主の福祉施設を蝕み、内側から職場を破壊してしまう。だが、これは派遣で来る介護職員が悪いわけではない。あくまでも彼ら派遣を雇う側が一番問題がある。施設が抱える重大な問題にきちんと向き合おうとせずに安易に派遣で乗り切ろうとする事こそ改めなければならない。
世間では派遣社員をしていると言えばどちらかと言えば「派遣社員=かわいそう」と思われることが多いだろうが、派遣がいることにより施設側が受けるダメージの方も計り知れない。しかし、目先の利益に目がくらんだ馬鹿な法人や会社はその甚大なデメリットも省みずに派遣を雇おうとする。
そもそもどうして派遣を使うのか?それにはいろんな理由があるだろうがおもにこれらの2つがメインだ。
(1)職員の離職率が高く、安定した人材供給を行うため
(2)人件費を下げるため
(1)の理由はそもそも派遣に頼らなければならないほど離職されること自体が問題だ。そんな職場は待遇面や人事評価、経営方針や経営者のモラルなどに重大な欠陥があることを省みずに派遣に頼っても同じことの繰り返しだろう。一時的な人手不足を解消するために期間限定で派遣を使うというのであればまだいいが、惰性で派遣を使い続けるのは絶対駄目だ。
(2)はそもそも非常勤職員も多く、正規職員にしても人件費がそんなに高くない福祉業界ではどのぐらいの圧縮効果があるのか疑問だ。ましてや目先の利益にこだわって派遣を使って人件費を安くあげても、それ以上に派遣で失うものが多いことを強調しておく。
どうしても派遣を使うのであれば、まだ同じ一人の人がフルタイム職員のよう
に来るのであればまだいい。しかし、
(a)5、6人の職員がローテーションで来る。
(b)夜勤や早出などの代わりがきかない重要な業務をやらせている。
(a)、(b)両方の条件が当てはまる場合はかなり要注意だ。それはもう派遣ではなく外部委託になってしまっている。この外部委託状態になったら相当派遣会社や派遣社員に相当の煮え湯を飲まされることを覚悟したほうがいい。西ローマ帝国を滅ぼしたオドアケルの出現だ。
俺が体験した事例だ。俺がかつていた施設の特養部門では夜勤1人と早出1人に派遣を使っていた。派遣社員自体も全く福祉は未経験だと言う人もかなりいた。そのため仕事は全くできないわ、熱意やモチベーションに欠けるわで全く使い物にならない人もいた。元々派遣で来ているというだけで風当たりが強いのに仕事ができないのではどうしても職員も冷たく当たってしまう。
そのような状態が続いてその派遣社員も嫌気がさしたのだろう、突然無断欠勤をした。しかも夜勤の日にだ。福祉施設に勤めている人なら想像つくだろうが、夜勤に入るべき人間が来なかったり休まれたりすると大変なことになる。普通の日勤なら代わりがきくが、夜勤や早出となるとそう簡単には代わりは見つからない。しかも、無断欠勤だから何の対策もできないし、代わりの夜勤者も見つからない。
当然上司は派遣会社に抗議し、代わりの夜勤者を派遣するように求めた。派遣会社は一応謝罪はしたが、代わりの夜勤者を出すことはできないと暗に「そっちがなんとかしろよ」と言わんばかりの対応だった。この不誠実な対応に上司はキレる。なぜなら派遣が職場放棄するのはもう3回目だったからだ。だが、言い合いをしても結局代わりは見つからない。そこで日勤者にそのまま疲れた体で夜勤を続けてしてもらった。派遣が3回も無断欠勤されてさすがに職員もたまらない。次々に「派遣を切り捨てて、職員だけでシフトを回すべきだ」と怒りの声が上がるようになった。
しかし、上司にはそれは無理な注文だった。先ほどの口論の際に、上司はすでに派遣会社にいい加減派遣してくる職員の質を上げないと契約を更新しないかもしれないと暗に脅迫した。しかし、派遣会社の返事は驚くべきものだった。それなら明日から派遣を全員引き揚げると逆に脅迫されたのだ。
派遣会社の浸透は毎日の夜勤一人と早出一人と重要な位置に食い込んでいた。今から派遣を切り、職員を雇って夜勤一人と早出一人をきちんと一人前にやらせるにはトレーニング期間を含めて優に3カ月ぐらいはかかってしまう。そんな余裕はなかった。上司はこの時派遣会社と施設との力関係が逆転した事を認識せざるを得なかった。派遣会社はすでに施設側がすでに切れに切れないくらいずっぽり派遣に依存しきっていることを見抜いていた。だから、施設の足元を見て弱みと突いてきたのだ。派遣会社が施設より一枚上手だったのだ。
現代版オドアケルに滅ぼされかけている施設を紹介したが、いかがだっただろうか?派遣を使えば施設は白アリに食いつくされるように蹂躙される。傭兵に頼りすぎると国は滅んでしまうというマキャベリの教訓はここでも生きている。次週は派遣を使えば具体的にどのような不利益が生ずるか解説しよう。
エル・ドマドール
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