[005]お好み焼き屋でわかった日本語のむずかしさ

 今年の7月から外国人の来客が多く、猛暑の中、電車を乗り継ぎ、駅から額に汗しててくてく歩き大変でした。つい最近も香港人のお客さんがありました。香港人は日本語がまったく話せませんし、お引き合わせする日本人が英語を話せないと私が通訳をすることになります。通訳のみならず、私自身もミーティングのメンバーですから、これは日英の言葉で2回話すことになり、のべ4人分を話すことになります。会社員の頃、慣れないうちはこういう立場に置かれると数時間で疲労困憊したものですが、慣れとはおそろしいもので今では14時間くらい続けても余裕です。
 今回、おもしろい発見をしました。お昼に英語の話せない日本人と3人でお好み焼き屋へ行くことになりました。たまたま、あまり選択肢がなかったのと私自身は外国人に庶民の食べ物を食べさせてあげるのが好きだからです。すきやき、しゃぶしゃぶ、すし、照り焼きなど典型的な外国のお客さん向けメニューの連続では彼らもつまらないでしょう。


 一緒に行った日本人は古典的な日本人男性で自分でお好み焼きを焼くことができません。ということは私が焼きそばも含め3人分を調理しながら、通訳をするという泥沼にはまったのです。両手と目は鉄板に集中、耳と口と脳は会話について行かねばなりません。しかも、通常ならメモを必要とするような学術的な話となってしまいました。そこで気づいたことは英語から日本語に訳す方が段違いに楽ということです。
 一方、日本語の方はというとかなり正確に聞かないと正しいニュアンスがわからない、また、パーソナリティにより表現の強さや方法が違うのでそれを英語に置き換える時必ずご本人に確認が必要となります。また、同音意義の言葉も多いため、文脈をとらえながら頭の中で漢字変換をしながら理解していくような気もします。
 かなり日本語の上手な外国人がいますが、外国人の日本語に慣れている私でも2割程度理解できない部分があります。たぶん、普通の日本人には半分くらいしか理解できないでしょう。文法的にはそんなにおかしくないのですが、正確にニュアンスが伝わらない、そんな感じです。日本語がいかに難しく、感性や推測が大切か、逆に誤解も起きるのがこの例でよくわかります。
 さて、「お好み焼きはもうこりごり」と言った私に、一緒に行った日本人は「せっかくつけた技能だから外国人向けのお好み焼き屋を新規事業でやったら?」とのことです。
河口容子