私が起業した2000年の春はまだ起業ブームが続いていました。その頃、何人かの男性がご自分の起業相談にのってほしいと電話をかけて来られました。理由は今の職業では「リストラの不安がある」からというもので、貿易「なんかでも」やってみたいという主旨でした。プロとして長年この道に生きる者としては「なんかでも」と一口に言われるのは非常に心外でしたが、逆に魅力ある職業に思えるのかも知れないと気を取り直し、たずねてみると「貿易なんかやったこともないけれど、英語できないんで英会話スクールでもまず行った方がいいですかね?」と言われ、再びがっかりした記憶があります。
貿易実務そのものは世界共通のルールで動いていますので誰でも勉強すればできます。ただし、売り手、買い手、運輸業者、税関、港湾関係の作業をする会社、船会社、通関業者などいろいろな人の手を経て始めて成立する仕事だけになかなか教科書どおりにはいきません。他人の仕事への理解や配慮、コミュニケーション能力も必要です。しかも、相手は文化、習慣の異なる外国人です。また、時差の壁もつきものです。通信手段の発達で海外とのコミュニケーションは手軽で経費もかからなくなりましたが、緊急時にはやはり深夜までの残業や徹夜もあり得ます。おびただしい量の経験、それも失敗の経験がなければ間口も奥行きもあるプロの貿易人にはなれません。
たとえば、商談をする英語というのは、通訳や翻訳という言語のプロとは違った技術が必要です。商品や業界を取りまく知識のみならず、商才(これは訓練でもある程度巧くなりますが、本質的には生まれ持った才能に左右される気がします)や法務、税務、金融、貿易実務といった知識すべてを駆使することになります。
私自身も総合商社に入社した頃はわからない事だらけで、上司を見て一生こんなレベルには到達できないのではと不安になりましたが、外国人と仕事の話ができるようになり、そのうち一人で商談ができるようになり、一人で海外出張ができるようになり、英語で会議に参加できるようになり、外国人に講義をするようになり、というように時間をかけて自分の成長を見ることができました。
一気に大したことはできませんが、粘り強く続けていくうちに確実にプロとなれるというのも、技術革新が早く、新人にすぐ追い抜かれるという職業もふえている今、逆転の発想でおすすめではないかと思います。その実、私の叔父は70代も後半ですが、未だに貿易業を営んでおります。また、読者の方でも70代で現役の貿易マンは何人もいらっしゃいます。うれしい事です。
ビジネスの専門化、複合化がすすんでいる今、そして国際化社会にあっても少しプロの貿易人の価値や育成が見直されてもいい気がします。
河口容子
【関連記事】
[278]価格交渉の裏にあるもの
常識ぽてち[1129]洋行とは?