[030]戦争が残すもの

 イラクの少年アリ君は爆撃により両手と家族全員を失いました。これから長い一生引きずるであろう心の痛みを思うと悲しくてたまりません。また、負傷したイラク兵の看護をする米兵の姿を見て戦争の矛盾を感じざるを得なかった人がいるでしょうか。
 イラクでは多くの市民が犠牲になりました。反対に戦死する米兵もまだ若い低所得層の人が多いと聞きます。「フセインは独裁者、国民を自由にするために戦う」というスローガンは理解できなくもありません。いつの世にも多くの幸福を得るにはいくらかの犠牲は必要とします。(時には一握りの人の幸福のために多くの犠牲を必要とした時代もありましたが。)しかし、個人のレベルで考えると一人の死やハンデを背負うような重症はあまりにも重く、家族にも長く影をおとすものとなります。
 私の実家はもともと貿易商で終戦までは中国から中近東に至るまで40ヶ所ほどのオフィスと工場を持っていましたが敗戦によりすべてを失いました。天津のオフィスだけでも当時東京都の年間予算ほどの資産があったそうです。新宿にあった家は日本の政府に接収され、祖母は広島で被爆し1963年に62歳で白血病で亡くなりました。戦争というのはあらゆる国家権力が人の命も財産も惜しみなく奪うものです。私の父も1964年に40歳になったばかりで亡くなっています。今思えば、お坊ちゃん育ちだった父にとっては学徒出陣、そして戦後の苦労が耐えきれなかったのかも知れません。その後も会社の倒産と戦争を知らない私にも辛い戦後は容赦なく続きました。


 過去の出来事に「もしも」という馬鹿な仮定をしない事にしてはおりますが、戦争さえなかったら祖母も父も長生きはしてくれただろうと思うだけに、戦争というものが落とす影は途方もなく長いものです。また、昭和一桁生まれの母にとっては小学生から女学校まで戦争の連続で、勉強ができないどころか、学校が工場となり勤労動員、空襲におびえ逃げまどう青春時代でした。
 今はメディアがライブで戦争を中継し、他国にいながら観戦できる時代になってしまいましたが、どうか戦争体験のある方がたはその悲惨さ、痛みをご自分の言葉で語り継いでいただきたいものです。
 現在は米国を中心とする西欧社会が政治、経済でも世界をリードしていますが、数の論理で言えば非西欧の方が圧倒的に多いのです。近年は人口の激増によりイスラム勢力が力をつけてきました。東アジアも経済的に力を強めています。広くアジアには西欧により統治された歴史を持つ国が多いものの完全に西欧化した国がない所を見ると西欧、特に米国が主張する「グローバルスタンダード」がはたして全世界に有効なのかという疑問を強く持ちます。
 「日本の常識は世界の非常識」とよく言われます。この言葉を国際会議で言ったところ出席している外国人も日本人も全員が笑いました。おそらく皆困った経験があるのでしょう。この言葉は日本人の優れた見識と謙虚さを示すものとも取れます。少なくとも自分の意見ややり方が正しいと他人に強要をしないという意味では。
河口容子