[031]SARSが長期化すれば

 イラク戦争とほとんど同時に勃発した謎の肺炎SARSはイラク戦争が取りあえず終結した今でもいまだに謎のままです。中国、香港を含め ASEAN諸国も軒並み経済成長率の下方修正を行いました。最近ネット上で「SARSの日本経済に与える影響はわずか、これらの修正率を金額に直して日本の経済規模と比較し、日本は世界で二番目の経済大国、SARSなんて恐れるに足らない」というコラムを読んで、驚きを覚えました。確かに机の上の計算ではそうかも知れませんが、国際化時代にあっては「風が吹けば桶屋が儲かる」的発想が必要でひとつの事からさまざまな連鎖が起こるからです。
 確かに直接的に大打撃を受けるのは航空・旅行業界だけかも知れませんが、すでに主要企業のアンケートではSARS感染が長期化すれば約7割が「今期の業績にマイナス」と答えています。また、4社に 1社が商談が減少していると答えています。うちの会社は香港や中国と関係ないから大丈夫とたかをくくっていても、これらマイナスの影響を受ける企業と取引があれば間接的に影響は出て来ないとは言い切れません。
 大企業は「感染地域には出張禁止」「駐在員や家族の帰国」など社費を使って公然と対策が取れ、リスクマネージメントの部署があったりします。問題なのは最近急増した中国に製造を依存していたり、中国専門を売り物にしている中小企業です。SARSが長期化すれば、やむなく出張して感染する人も出て来るでしょうし、最悪は倒産するケースも想定されます。
 感染者の少ない上海でも、中国人ビジネスマンの間に売掛金回収の不安が広まっていると聞きます。ただでさえ、「ある時払い」の商慣習を持ち売掛金回収の難しい中国です。それが病気を理由にされたら、たまったものではありません。
 広東省は香港からつながる珠江デルタと呼ばれる大工業地帯があります。珠海、順徳、中山、東莞、深センといった大都市はそれぞれ300-500万人規模です。中心の広州は1000万人で、世界中の家電メーカーや自動車メーカーがひしめいています。珠江デルタ内にある部品工場だけでも5万社といいますから、まさに世界の工業地帯です。彼らは香港の貿易や金融システムを利用してビジネスをしていますが、現在香港のビジネスリーダーたちも広東出身者が多いですし、東南アジアで経済を牛耳っている華僑たちのふるさともまた広東を含む華南がほとんどで、当然ふるさとに出資しているケースも少なくありません。そういう意味で広東、香港のSARS禍がアジア全体にもたらす影響は大です。
北京の感染者が増えていますが、こちらは首都であり、勤労者、学生など地との往来が多いだけに他地方での感染の拡大が懸念されます。医療機関の少ない内陸部にどんどん拡大すれば根治はむずかしくなります。風土病化するとの懸念をいだく人すらいます。
ここ数年で大躍進をとげた中国ですが、まさか伝染病での経済停滞を考えた人はなかったでしょう。これがまさに「不測の事態」で向かうところ敵なしだった中国の弱点を世界にさらす事態になったともいえます。
河口容子