不定期ですが連載をさせていただいている貿易関連のニューズレターに「交渉力を磨く」というテーマを取り上げたところ、女性の方だけから反応がありました。貿易実務講座や時折私も講演させていただくことがある小口輸入の講座でも非常に女性の方々は熱心に勉強されておられます。貿易実務(理論)や語学の勉強は貿易に携わる者として必携ではありますが、交渉術というところを見落とされている方が多いのではないでしょうか。また、ビジネス・ウーマンにとって交渉相手は圧倒的に男性が多く、接し方に気を遣う部分もあり気になるテーマだから女性だけから反応が出たものと思います。
残念ながら交渉術は座学では学べません。相手が人間、しかも国際ビジネスの場合は文化や商習慣の異なる世界の人間、しかも言語の壁もあるからです。最近はインターネットや通信販売の発達したせいか、「交渉」をすることを知らないビジネスマンもいます。また「自分の都合だけ一方的にまくしたて要求をのんでもらう」ことを交渉と勘違いしている人もいます。私自身はビジネスをバランスだと考えています。一方が不当に利益を得たり、損をするビジネスは決して長続きしません。逆にいかにバランスのいいビジネスであるかを説得できれば交渉は成功します。金銭的なものでなくても、広告効果、名誉などビジネスを始めることによる波及効果も考え、ちょうど将棋や碁をさす時に何手も先を読むように交渉もあらかじめいろいろな展開を考えておくことが大切です。
絶体絶命と思える中を切り抜けた上司がいました。英語は商社マンとしては決して上手ではありませんがその謙虚さ、誠実さが勝因であったと思います。また、もうひとりの上手は法務、税務、貿易実務など実に多角的な視点から淡々と対応したため難しい交渉に成功しました。交渉ごとには難易度があると思いますが、簡単なレベルでは知識や経験がものを言いますが、次の段階では知恵、最も難しいレベルでは人間力の勝負といえるでしょう。では、簡単な問題に人間力だけで立ち向かえるかというとそうではないところが交渉の奥深さだと思います。
人間力と高めるのは難しいことですが、外国人との交渉において比較的目安にしやすいものがあります。外国人から見て良き日本人であることです。礼儀正しい、勤勉、誠実、他人に対して配慮するというような人であれば私の知る限り、多少語学力が劣ろうが、頭の回転が早くなくても評価はされている気がします。同じようにビジネス・ウーマンについても女性ならではのきめ細かさや粘り強さ、ちょっとした気配り、相手への忠誠心が評価されます。豪放磊落さだけでビジネス・ウーマンが評価されるケースはまずありません。ですから、時間にルーズなお国柄のところに行っても私はきちんと約束の時間を守りますし、国内外を問わずミーティングのお礼メールなどはタイムリーに出すように心がけています。また、顧客に対して参考になると思った情報はどんどん送るようにしています。交渉の結果を左右するのは、「術」ではなくこうした日々の積み重ねとも言えます。
河口容子
[139]世界の起業家事情
国際調査機関のグローバルアントレナーシップ・モニターが世界の35の国と地域で「起業率」の調査を行いました。トップはペルーで40.3 %、次にウガンダで31.6 %、第 3位がエクアドルで27.2 %です。私はこれらの国々に行ったことがありませんが、10人のうち 3-4人が自分でビジエスを始めるということは、資本があまりなくても、あるいは特に優れたスキルがなくてもビジネスを開始できる環境にあるか、「雇用される職場」が少ないかのいずれかにあたると思います。
実はこのニュースは香港で話題となりました。香港はもともと「老板(ラオパン)」、個人商店主つまり起業家の伝統のあるところです。ところがこの調査では何とビリから 3番目で3%という数値になりました。香港中文大で学ぶ本土の学生が起業志向が強いのに対し、香港人の学生は大企業に就職したがると言います。広東省深センでの起業率は何と11.6%で米国の11.3%より少し上です。それだけビジネスチャンスがまだまだ本土にはあるということでしょうか。一方、香港には安定した職場がふえているとも言えます。
さて、だんとつビリはやはり日本で1.5%。 100人いれば1人か2人しか起業しないサラリーマン大国です。起業といっても今話題のヒルズ族のようなIT企業から小さな雑貨店や私のような専門職的なサービスの会社まで含めてこの数字しかありません。理由としては、まずはコストが何でも高すぎることです。起業してすぐ大黒字になるケースはまれですから、かなり資金的に余裕がなければ起業ができません。大企業、知名度優先のビジネス社会になっていますから、新規の小さい企業が実力を認めてもらうにはかなりの努力と能力を必要とします。起業するのが偉いとは思いませんが、起業家が少ないと活力や柔軟性に欠ける社会にならざるを得ません。一方、納税者番付けのトップは初めてサラリーマンでした。成果主義の導入を象徴するもので素晴らしいと感じますがこれでますます起業家が減るのではないかと心配もしたりします。
マニラの日本大使館に勤務する日本人女性から聞いた話です。「マニラのホステスたちはお金をためて郷里で雑貨屋をやりたいと必ず言うんです。田舎じゃたいして売れないだろうし、仕入ルートをきちんと確保しているわけでもないから儲かりもしないでしょうに。」ところが、これはマニラのホステスだけの話ではなく、香港人のちょっとお金を持っている人の間でも本土の親戚をたよって本土でお店を持つのが流行っていると聞きます。この話を上海で合弁企業をもつ日本人の男性にしたところ、上海でも故郷でお店を持つのが流行っているとか。日本人でも故郷に錦を飾るという言葉がありますが、私の持つイメージは立身出世して派手な身なりで郷里に帰り御殿のような家を建てるというようなもので、故郷でお店をやりたいと言う話はまず耳にしません。この違いは謎です。
河口容子