[182]ハノイふたたび

 日本のクライアントとベトナムのハノイへ行って来ました。すでに中国でものづくりを行なっているクライアントがチャイナ・リスクを避けるため、ベトナムでもものづくりをしたい、ということで、国際見本市であるVietnam Expo 2006を視察したり、日本企業進出の関係者を訪問してその可能性を探るのが目的です。
 なんとノイバイ空港に到着すると、雑踏の中で目ざとく私を見つけ、やさしい微笑で迎えてくださったのはベトナムの貿易機関No.2のB氏でした。海外出張中と聞いていただけにこんな所で出会うとはびっくりです。 2月下旬も東京のセミナーでも偶然お会いしたばかりで、ご縁の深さに感動しました。
 昨年の 9月に講演で行って以来、ハノイは東南アジアの中でもお気に入りの街です。空港から雄大なホン(紅)河を渡るあたりの緑あふれるのどやかさに次いで現れる、建設ラッシュの光景は力強い発展の音が聞こえて来るようです。
 市内は湖が点在し、街路樹が深々と緑のカーテンのようです。青や黄色の壁を持つ古いヨーロッパ風の家並み、その中をバイクの集団が勢いよく駆け抜けて行きます。最近は日本人も交通事故に巻き込まれる事がふえたと聞きます。
 ハノイは小さな街ですので、なるべく歩くことにしています。大型ショッピングモールもあれば、裸電球のぶらさがった小屋のような店舗、はたまた果物や野菜のみならず下着などを天秤棒にぶら下げて売り歩く女性もいます。夕方になると広い歩道はカフェ状態。湖の畔は散歩コースですが、若いカップルあり、高齢者の散歩姿あり、グループで話している姿あり、ときわめて健全な夕涼み光景となります。
 今回は居酒屋へも行ってみました。入口に「出前いたします」と日本語で書いてあります。中にはアオザイ姿のベトナム女性しかいませんが、 100以上ある日本語メニューをちゃんと聞き取れるのにはびっくりしました。お客さんには日本人もいますが、ベトナム人も結構いました。クライアントと私で約3000円強のお勘定でしたが、民間人のサラリーが7000円、公務員が8000円のお国で、こんな所へ来れる人はどんな職業なのでしょう。帰り際には入口の外にいる男性従業員が自動ドアよろしくあうんの呼吸で戸を引いてくれます。客引きをする一方、時々中をのぞいてはお客さんを送り出すタイミングを図っているようです。
 前回飲みそびれた、ベトナム風コーヒー、コンデンスミルクの上にコーヒーを淹れた「カフェ・スア」をおしゃれなカフェ・レストランでベトナム語で注文してみましたが、これまたアオザイ姿のウェイトレスがにっこり笑ってくれました。クライアントが注文したスパゲティ・カルボナーラはどうみてもパスタではなくベトナム麺の「フォー」でした。
 昼食も夕食もぶらぶら散歩しながら、興味のあるお店に入ってみるのが仕事の合間のハノイの楽しみ方として定着しつつあります。
河口容子

[181]海外投資セミナーも専門家養成の段階へ

 このエッセイでは、昨年多くの中国投資セミナーに関する話題を取り上げました。今年はアセアン諸国への投資セミナーが盛んですが、久しぶりに中国関連のセミナーに行って来ました。ある政府機関が主催するもので講師を務めるのは知人である日本に帰化した中国人女性コンサルタントです。彼女から直接お誘いをいただいたのです。
 通常「投資セミナー」というのは、対象国や地域に関する全般的な説明と海外からの投資優遇政策の紹介、すでに現地に進出している日本企業の経験談という構成からなっており、総花的かつあまり悪い話は聞かせてもらえないのが普通です。ところが今回のセミナーは中国の会計、税務、法務という専門的なもので丸 2日がかりです。講師は元中国政府の官僚、日本の大学院で学び、また日本の商社の中国法人を立ち上げ、自ら総経理として勤務した経験があります。
 人のキャリアというのはなかなか本人の意志通りには積めないもので、偶然性も多いにはたらくと思いますが、まさに彼女の講義は彼女の経験なくしては教えられないだけに、コンサルタントというのはなるべくしてなるのだとあらためて感じました。私の場合も、総合商社で実にバラエティにとんだ異動を繰り返して来たからできると思えることがたびたびあります。
 彼女が披露してくれた大写と小写のエピソードがあります。中国では小切手や手形に数字を書くときは漢数字で書かなければいけません。これを大写というそうです。アラビア数字で書くのは小写。ある中国語に堪能な日本人が銀行でアラビア数字で小切手に数字を書いたところ、銀行員に「大写でお願いします。」と言われました。この日本人は大写という意味がわからず、眼鏡をかけている銀行員を見て字が小さすぎて読みにくいから大きく書いてほしいという意味であろうと察し、今度は大きめのアラビア数字で書いて出すと銀行員が怒り出したのです。この日本人から助けを求められ、講師が駆けつけ銀行員に「この人は日本人だからわからなかったのです。」と説明すると、銀行員は自分より上手な中国語を話すので外国人とは思わず、からかわれたのだと思い怒ったようです。地方ごとにまったく違う言語を話す中国ならではの笑い話に思えました。
 さて、このセミナーは定員25名でしたが、聴講者はすでに中国に法人や工場を持っている企業の担当者や私のようなコンサルタントばかりです。中国の個人所得税や増置税(消費税と同じような運用をします)の計算を練習問題でやったりもしました。質問もたくさん出ました。私自身も中国で行なっているオペレーションでかなり参考になる知恵を授けていただきました。このセミナーは内容も専門的かつ時間もかかるのに一切無料です。ありがたいとは思うものの、税金を使って専門家がどんどんその能力を高めてもらえるのも何だかますます二極分化につながるような気がして申し訳なく思いました。しかしながら、日本から投資が多いタイなどに関しても会計制度のセミナーなどは開かれており、単なる海外投資の促進段階から実務教育の段階に来ていることは確かです。
河口容子