[181]海外投資セミナーも専門家養成の段階へ

 このエッセイでは、昨年多くの中国投資セミナーに関する話題を取り上げました。今年はアセアン諸国への投資セミナーが盛んですが、久しぶりに中国関連のセミナーに行って来ました。ある政府機関が主催するもので講師を務めるのは知人である日本に帰化した中国人女性コンサルタントです。彼女から直接お誘いをいただいたのです。
 通常「投資セミナー」というのは、対象国や地域に関する全般的な説明と海外からの投資優遇政策の紹介、すでに現地に進出している日本企業の経験談という構成からなっており、総花的かつあまり悪い話は聞かせてもらえないのが普通です。ところが今回のセミナーは中国の会計、税務、法務という専門的なもので丸 2日がかりです。講師は元中国政府の官僚、日本の大学院で学び、また日本の商社の中国法人を立ち上げ、自ら総経理として勤務した経験があります。
 人のキャリアというのはなかなか本人の意志通りには積めないもので、偶然性も多いにはたらくと思いますが、まさに彼女の講義は彼女の経験なくしては教えられないだけに、コンサルタントというのはなるべくしてなるのだとあらためて感じました。私の場合も、総合商社で実にバラエティにとんだ異動を繰り返して来たからできると思えることがたびたびあります。
 彼女が披露してくれた大写と小写のエピソードがあります。中国では小切手や手形に数字を書くときは漢数字で書かなければいけません。これを大写というそうです。アラビア数字で書くのは小写。ある中国語に堪能な日本人が銀行でアラビア数字で小切手に数字を書いたところ、銀行員に「大写でお願いします。」と言われました。この日本人は大写という意味がわからず、眼鏡をかけている銀行員を見て字が小さすぎて読みにくいから大きく書いてほしいという意味であろうと察し、今度は大きめのアラビア数字で書いて出すと銀行員が怒り出したのです。この日本人から助けを求められ、講師が駆けつけ銀行員に「この人は日本人だからわからなかったのです。」と説明すると、銀行員は自分より上手な中国語を話すので外国人とは思わず、からかわれたのだと思い怒ったようです。地方ごとにまったく違う言語を話す中国ならではの笑い話に思えました。
 さて、このセミナーは定員25名でしたが、聴講者はすでに中国に法人や工場を持っている企業の担当者や私のようなコンサルタントばかりです。中国の個人所得税や増置税(消費税と同じような運用をします)の計算を練習問題でやったりもしました。質問もたくさん出ました。私自身も中国で行なっているオペレーションでかなり参考になる知恵を授けていただきました。このセミナーは内容も専門的かつ時間もかかるのに一切無料です。ありがたいとは思うものの、税金を使って専門家がどんどんその能力を高めてもらえるのも何だかますます二極分化につながるような気がして申し訳なく思いました。しかしながら、日本から投資が多いタイなどに関しても会計制度のセミナーなどは開かれており、単なる海外投資の促進段階から実務教育の段階に来ていることは確かです。
河口容子