[168]私のIP電話元年

 前号の「ノー」から生まれたプレゼントの仕事は毎日報告や相談をしながら進めなければいけないので、先方のすすめもあり、あるIP電話にチャレンジしました。これはソフトウェアも無料で、世界で広く使われているものです。この導入により相手も同じソフトウェアをインストールし、マイクとスピーカーがパソコンについていればどこにいようとも無料で会話ができるのです。
 パソコンに向かって話をするというIP電話のイメージは私の年代ではとても正気の沙汰とは思えず、とはいえヘッドセットを使うのは電話のオペレーターのように始終電話をしている訳でもないので、かえって不便そうという訳で携帯電話型のキットを購入しました。これなら抵抗なく電話の感覚で使えます。
 昔より国際通話料は安くなったとはいえ、頻繁に電話をしていてはコストがかさみます。でも、緊急の場合やちょっと確認だけしたい、というような場合にはメールより電話のほうが威力を発揮します。
 実はこのIP電話は香港のビジネスパートナーにも以前すすめられたことがあります。ただそんなに電話をする必要性もなく、相手が電話魔ゆえ無料になったらどんなに電話攻撃を受けるかわからない、何しろ夜2時(こちらは3時)まで仕事をしているのでたまったものではありません。案の定、IDを教え、テストが済んだら再度連絡をしますとメールしたにも係らず即アクセスがありました。それは無視して、テストを終え、「テストが終わりましたから、お電話でも電話会議でも大歓迎です。私が都合のいいときなら。」と電話したところ「昼間のほうがすいているから夜は電話しないほうがいいよ。」とアドバイスをしてくれました。次は先方からチャットを仕掛けて来ました。「電話をするときはまずチャットで呼び出すから」さて、チャットはどうやって返事をしたらいいのか、マニュアルを切読まないで使い始める私は大慌てで画面をきょろきょろ。「ごめんなさい。お返事が遅れて。」「気にしないで。単にテストだから。ところでマイクはあるの?」
 書状や FAXに比べ、電子メールの文体は少しくだけて書くことも可能でちょうど電話で話すのとの中間の感覚がありましたが、チャットは文字での会話、きわめて話す感覚に近いものです。日本人には英語を聞いたり話したりは苦手でも読み書きは何とかという人も多いのでおすすめします。
 翌日は香港のスタッフが私のIDをコンタクト先に登録したという表示が出たので、すぐ彼に電話をしてみました。しばらくしてチャットで返ってきて「すみません。このパソコンにはマイクがついていないので。」「ただテストしただけよ。」「ちゃんと電話がかかってきた表示が出ていますので大丈夫です。どうか良いお年を。」「ありがとう。新年好!(中国語で良い新年でありますようにの意)」「新年好ってどうやって入力するんですか?ピンイン(中国語音をアルファベットで表示した発音記号)で入れるんですか?」「日本語で入れたの。」顔文字がにこにこ笑っている返事です。若者になった気分で、すっかりチャットを楽しんでしまいました。
 ところが「ただほどおそろしいものはない」部分もあります。見ず知らずの男性が世界中から(なぜか日本人はゼロ)たくさんアクセスしてきます。このシステムではユーザーとそのプロフィールを検索することができるのですが、私の場合は名前、国、都市、性別だけ公開していますのでおそらく若くてかわいい日本女性と勝手に想像するのでしょう。こんなときはいつも「残念でした!」とばかり拒否ボタンをクリックします。
 ひとつだけ気になるのは、日本の知人友人、取引先で海外と取引をしている人が多いにもかかわらず、このIP電話を使ったら?という話を一切聞かなかったことです。香港やシンガポールのビジネスパートナーのおかげで2006年は私のIP電話元年となりました。
河口容子

[167]「ノー」から生まれたプレゼント

2003年 8月 7日号で「ノーは親切、論争は親近感」というのを書かせていただきました。日本人は「ノー」と言うのも「論争」も不得意です。ましてやそれが、親切であったり、相手に親近感を覚えてもらうわけがない、と思われた方もあるでしょう。ところが、その通りの出来事がクリスマスを目前にした日におこったのです。
 私のオフィスに英語で電話がかかって来ました。相手は2005年11月10日号「ローレンスと呼んで」のローレンス、シンガポールのコンサルタント会社の CEOです。実は 2ケ月ほど前に彼からある業界の役員クラスの方を聞き取り調査をしてまわる仕事の依頼を受けました。期間は英文レポートも含め「明日から 1週間」で10社ほどありました。報酬はびっくりするほど安く(パートタイマーのリサーチャーなら喜んで引き受けたかも知れませんが、プロに依頼する仕事としてはあきれた金額でした。)私はその期間は予定がすでにぎっしりでしたので即お断りしました。断らないと先方も次のアクションを起せないからです。
 ついでに私のおせっかい心が活躍し始め「日本の企業で役員クラスの方が見ず知らずのインタビュアーに即応じてくれることはまずありません。10社のうち何社かは断られるでしょうが、まずアポを取るだけで大変です。それにその企業はどこにあるのですか?」と東京から大阪や名古屋までの交通費の金額を明示し、「出張する場合は交通費を出さないとその報酬では無理です。」などと、その他気付いたことをいくつか指摘しました。たぶんこの条件を提示されたプロのコンサルタントは「馬鹿にして」と腹がたったことでしょうが、単に知らないだけかも知れない、それなら教えてあげよう、というのが私のねらいでした。
 日本なら「こうるさいおばさん、余計なお世話」と思われて終わりですが、外国人は違うのです。そして上記の電話につながるのですが、彼いわく「内容についてはあなたのご指摘のとおりでした。それにしてもひどいもので依頼した日本人で返事をくれたのはあなただけでした。」仕事の依頼をするくらいなら、まったく知らない人には頼まないはずですが、皆うんともすんとも連絡をしないなんて日本ビジネスマンの恥です。即「ノー」と言ったことと、気付いたことを述べたことにより彼は私の事を信頼できる人間と思ったらしく、もっと条件の良い仕事を 2件くれました。
 メールで送られてきた契約書を読むと仕事相手の条件は「政府機関の仕事に携わり評価されている人、もしくはビジネスのエキスパート、もしくは企業経営者、もしくは大学などで教えている人」とあります。もしくは、ではなくてかろうじて全部私にあてはまるではないですか、すごい、と気分を良くしてサインをしたページをとりあえず FAXしたところ、山のような書類が送られて来ました。
「書類をたくさんありがとうございます。ゴージャスなクリスマス・プレゼントにめまいがします。」とメールをしたところ「プレゼントを気にいってくれるといいのですが。ジェントルマンらしいプレゼントを贈れなくてごめんなさい。」と矢のように返事がかえってきました。香港のパートナーたちともそうですが、海を隔てて一緒に仕事をする場合、ちょっとした一言で親近感や連帯感が生まれるものです。
河口容子